ブラック・クリスマス! 後編  
 
 
 
             そして、決戦の日は来た。
 
             23日、早くも直哉の計画は頓挫する。
 
             「じゃ、直ちゃん、いってきまーす!」
 
             「………うん。いってらっしゃい」
 
             てっきり自宅で楽しくパーティー、だと思っていたのに、着飾った松尾さんご
 
             一家は豪華フルコース堪能ツアー、帰りはお台場まで足を伸ばしちゃおうかな、
 
             食事会に出かけるというのだ。
 
             さすがの直哉だって、予約しか受け付けていないレストランに潜り込めるツテ
 
             やコネはない。ここは、指をくわえて見送るしかないのだ。
 
             「…ま、いいか。明日は一日一緒だし、明後日はキャンセル決定だから」
 
             恐いこと呟いているようだが、それは未散が無事に家に戻れば、の話。
 
             「頼むから、絶対ばれてくれるなよ」
 
             背後でこの宣言を聞き付けていた達也が、本気で真剣に祈っていた。
 
             神様、仏様、サンタクロース様、どうか、どうかお願いです。助けて…。
 
 
 
             「え、ええ?」
 
             「じゃあね、お父さんお母さん!」
 
             呆然とする未散を引きずるように、紗英は両親の元を離れていく。
 
             場所はお台場…ではなく普通に銀座。確かに食事はしたけれど、現地解散とは
 
             聞いていない。
 
             「ちょっと、紗英?!」
 
             「気を利かせなきゃ、お姉ちゃん。たまにはお父さんとお母さんにデートさせ
 
              てあげないと、ね?」
 
             たまにはって…イベントがあるたびあの二人、いそいそと腕くんで出かけてい
 
             る気がするのだが…。
 
             「…まあ、確かにクリスマスだし、いいけど…」
 
             納得しきれないものの、この時間から帰ればもしかして直ちゃんと過ごせたり
 
             して。
 
             なんて考えてしまったから、素直に頷いて未散はきびすを返した。さっさと電
 
             車に乗ろうと。
 
             「あっれー?未散じゃねえか!」
 
             振り返った先に気前よく酔っぱらったダイスケがいるとは、露程も思わず。
 
             「ホント、良いところで会ったわねぇ」
 
             もちろんセットでユウカもいたりして。
 
             全部、計画的だったりして。
 
             「すっごい偶然」
 
             だが相手は未散であるから、びっくりして目を見開きつつもこの一言ですませ
 
             ちゃってくれるのだ。
 
             安い居酒屋を巡りつつ大量に飲むことに喜びを見いだすダイスケが、高級品の
 
             産地である銀座にいることについて疑問を感じることもしない。
 
             隣で微笑むユウカが、一瞬紗英と視線を交わした後共犯者の笑みを浮かべたと
 
             ころも全然見てない。
 
             そんなんだから、直哉君のいいように操られちゃうんだよ。
 
             こっそりため息を漏らしつつ、紗英ははしゃいだ声を上げて第二段階への移行
 
             を果たすべく気合いを入れる。
 
             失敗は、しないんだから。
 
             「ねね、もしよかったらお二人と一緒に行っちゃいけません?両親と別行動に
 
              なっちゃって、時間が空いちゃったの」
 
             「なに言ってるのよ!二人はデート中…」
 
             普段の紗英であればあり得ない言動だと、果たして未散は気づいているのだろ
 
             うか?
 
             慌てた彼女は必死に妹押さえにかかるが、
 
             「お、いいねぇ〜行こうぜ!」
 
             「そうね、今更ダイスケと二人っきりって、楽しくも何ともないしね」
 
             あっという間に腕を取られ、楽しそうに頷いた彼らに、引きずるように連行さ
 
             れる羽目に陥っていた。
 
             「あれ?あれれ??」
 
             一人理解できていないターゲットを尻目に、企みは着実に進んでいく。
 
 
 
             「うっそ〜」
 
             目覚めた未散は半泣きだった。
 
             だって、どう考えても日は暮れかかってるし、今更フォローの入れようもない
 
             し。
 
             「大丈夫よ、ご両親には私から連絡入れといたもの」
 
             にこやかに水を差しだしてくれたユウカ先輩には悪いけれど、そういう問題じ
 
             ゃないのだ。
 
             「そうそう、私も一緒だったんだから問題ないって」
 
             けたけた笑う紗英は、ホント楽しそう。
 
             「今に始まったこっちゃねえだろ?」
 
             大儀そうに手を振ったダイスケには、とりあえず憂さ晴らしの一発をお見舞い
 
             しておく。
 
             夕べ、中学生を連れて飲み歩くのはまずいと、4人はユウカのアパートで宴会
 
             を始めた。
 
             ビールから始まり日本酒、ウイスキー、焼酎とお決まりのコースで進んで、途
 
             中で帰ろうと思っていたはずの未散はおいしいお酒と楽しい会話に、ついうっ
 
             かり記憶がなくなるまで飲み続けてしまったのだ。
 
             きっと倒れるように眠ったのだろう。シワだらけのワンピースで、毛布をつっ
 
             かぶっただけの格好をして床で爆睡していたから。
 
             きゃっきゃと会話していたユウカと紗英とは違い、隣で転がっていたダイスケ
 
             同様、見事に一日寝倒した。約束もなにもキレイさっぱり忘れて、好きなだけ
 
             惰眠を貪った。
 
             「ごめんね〜直ちゃあん〜」
 
             天井を向いて謝って、どうしようと言うんだとつっこめる人間が今ここにはい
 
             ない。だって今の状況こそ彼らが意図して作り上げたモノで、言うなれば未散
 
             が嘆き悲しむ原因なんだから。
 
             ごめん、でも全部あなたの為だから。
 
             自分に言い聞かせて小さく頷き合うと、彼らは次の行動を起こす。
 
             「なんだかわからないけど、とりあえず電話してみれば?大山君なら未散のこ
 
              と、ずっと待ってると思うわよ」
 
             忠犬のように大人しくしているかと問われれば口ごもってしまうが、少なくと
 
             も彼女のことだけを心配していることは確かだろう。
 
             ユウカは間違っていない。
 
             「そうそう、謝れば許してくれるよ」
 
             彼女たち4人を許す気は欠片もないだろうが、愛しい未散が相手とあれば渋々
 
             ながらもおれるに決まってる。
 
             紗英の言うとおりだ。
 
             「あの人なら、ワンコールで出んじゃね?」
 
             きっと今頃携帯握りしめてディスプレイを穴が空くほど睨んでるに違いない。
 
             たまにはするどいじゃないか、ダイスケ。
 
             このように想像に難くない状況を、ユウカが読み違えるはずもなく。
 
             仕上げは達哉の腕にかかっている。
 
 
 
             「………」
 
             リビングのソファーにちまっと体育座りして、携帯に熱い視線を注ぐ弟を更に
 
             熱い視線で見つめている兄がいる。
 
             そんなに見ちゃったら、バレるかも知れないじゃないか。頼む、もうそれ離し
 
             てくんない?
 
             絶好調に不機嫌な直哉の手のひらの中で、不気味に輝くシルバーのツール。
 
             実は直哉のモノじゃない。そっくり同じ機種だけど、色だけど、本来の持ち主
 
             はダイスケなんである。
 
             で、マナーモードになってるせいでぷるぷるぷるぷる震え続ける直哉の携帯の
 
             行方は、意外に近く達哉のポケットの中。
 
             着信相手は確実に未散で、理由はあの男が彼女以外にナンバーを教えていない
 
             からで、つまり絶対繋がらなきゃならない回線をとってもローカルな方法で邪
 
             魔している自分はなんというか…
 
             「馬に蹴られて死ぬかもしんない…痛いの、やだな…」
 
             ひしひしと命の危険を感じるな、マジで。
 
 
 
             明けて翌日、サークルの飲みは相変わらずチープな居酒屋で変わらないメンツ。
 
             「あ〜ん、直ちゃんに嫌われたぁ〜」
 
             相違点は荒れまくり、飲みまくり、泣きまくりの未散が、周囲の迷惑顧みずひ
 
             たすら恋人の機嫌についてまくし立てていることだろう。
 
             「あのね、電話に出てくれないの。メールの返事もないし、あたしが約束忘れ
 
              たからぁ〜ごめんなさい、謝るから嫌わないで〜」
 
             「そ、そんなら直接会って謝ればいいよ。ほら、当たって砕けろ〜って」
 
             「い〜や〜恐くてできない〜。冷たく無視されたら、どうすんの?やっぱ未散
 
              とは付き合えないって言われたら〜」
 
             せっかく親切なアドバイスをくれた先輩をぐらぐら揺すって、その上絡み直し
 
             た未散をメンバがもてあまし始めてることは確実だ。
 
             すっかり自己完結ループに入っちゃった彼女は、誰彼問わず不平不満を叫んだ
 
             あげく更に酒を飲んで泣くという一番やっちゃいけない飲み方をしてるのだか
 
             ら、周囲はたまったもんじゃない。
 
             「何とかして下さいよ、ユウカさん」
 
             「いや。私、夕べからずっとその状態の未散と付き合ってたんだもの」
 
             やっと解放されたのよ、とコップ酒を啜る彼女はこの計画そのものに飽き始め
 
             ていた。
 
             もう充分やったし、そろそろいいんじゃない、と。
 
             「じゃ、ダイスケ先輩!得意でしょ、わめいてる未散ちゃん宥めるの」
 
             「勘弁しろよ〜徹夜で相手してたんだぞ?」
 
             目の下のクマを指さして、バーボンを煽る彼はやけ気味だった。
 
             だからやめようって言ったのに。あの人が係わることに首突っ込むと、なんか
 
             俺にも被害が及ぶんだよな。
 
             ダイスケにだって、学習機能くらいついている。
 
             「じゃ、返して」
 
             地の底から響くような声に、震え上がらなかった人間はいない。一人残らず、
 
             一瞬凍り付いた大地の幻を見た。
 
             恐る恐る視線をやった先に、相変わらずの無表情で立つ冷気発生源が。
 
             「未散、返して」
 
             はっきりご希望を述べられる。
 
             返す、返しますとも。喜んで、のし付けて。
 
             「直ちゃん…ごめんなさい。ね、怒ってない?」
 
             手近にいたダイスケの背後に隠れ、恋人を伺う未散には一片の落ち度もない。
 
             むしろ怯えたその表情も可愛い、なのに隠れる先がその男の後ろって何?
 
             …むかつく。
 
             「全然。だから、帰ろ?」
 
             しかし、そんなことおくびにも出さず微かな笑顔と共に、手をさしのべた。
 
             「うん」
 
             いそいそと指先を乗せる、久しぶりに出会った愛しい人。もう離さない。今日
 
             はずっと抱いてるので、すっごく忙しいから。
 
             「だから、仕返しは今度、ね?」
 
             ダイスケの膝に携帯を放りながら、直哉は年に一度見せるか見せないかの全開
 
             で、笑んで見せたのだった。
 
             クリスマスってそんな用でアーメンて言ったりしないんだろうけど、
 
             「俺、国外逃亡希望です。アーメン」
 
             「ふふ、後始末お願いね、ダイスケ♪」
 
             所謂、これも一つの聖夜の奇跡?いや、必然。
 
 
 
HOME NOVEL NEXT
 
 
 
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送