ブラック・クリスマス! 前編  
 
 
 
             せっせと働く直哉というのは、見ようと思って見られるものではない。
 
             何しろ喉が渇いてもお腹が空いても「面倒だから、寝る」と真剣に言い切る男
 
             なのだ。餓死より脱水症状より自分の命より、ぐーたら人生に全てを投げ打っ
 
             ちゃう男がいそいそという表現がぴったりな有様で何かを画策する。
 
             それには絶対未散が関わっているはずで、時期的に考えると運良くか悪くか3
 
             連休の真ん中に挟まってクリスマスイブがあったりして。
 
             黒い表情で浮かれすぎ、鼻歌まで聞こえてくるあの姿、犠牲になる少女に想い
 
             をはせているんだ、決まってる…かわいそうに。
 
             「誰か呪われたりしなきゃいいけど」
 
             我が弟だからこそ、恐ろしさが身に染みている達也はこっそり十字を切ってみ
 
             た。クリスチャンではないが、そこはそれ。聖誕祭も近いことだし、迷いまく
 
             ってる子羊は分け隔てなく助けて然るべきだ。仮にも神を名乗るならえこ贔屓
 
             はいけない。
 
             よろしくない企みに片足突っ込んでる彼は、切実にそう願った。
 
             アーメン。主よ我らをお救いください。
 
 
 
             で、こちら。相変わらず見たいものしか見ない都合のいい目と、聞きたいこと
 
             しか聞こえない低性能な耳の持ち主、未散サンは本日も見事なまでに罠に落ち
 
             ている。
 
             「お父さんが寂しがってるの。だから23日は家族でパーティーよ」
 
             出がけにかわいい妹が言うから、頼れるお姉ちゃんとしては断れるはずもない。
 
             「おーい、未散!イブはともかくさ、クリスマス当日はサークルの飲みに顔出
 
              せよ」
 
             ダイスケ先輩のお誘いなど、断るのは簡単だが、
 
             「ほら、うちはかわいそうなシングル君が多いじゃない。人助けだと思って付
 
              き合って?」
 
             大好きなユウカ先輩に頼まれたら、頷くほかない。未散の中で彼女は、直ちゃ
 
             んと家族の次に好きな人って高位置をキープしてるのだ。
 
             理由はどことなく直ちゃんに似てるって言う、鈍ちんにしちゃ鋭い理由で笑え
 
             るが。
 
             「まぁ、前後つぶれても当日が空いてれば問題ないよね」
 
             お気楽に考えているようだが、果たしてそううまくいくかどうか。
 
             自分のカレシはとても一筋縄じゃいかない人物だと、彼女は知らないから…。
 
             「なにが、問題ない?」
 
             噂をすれば影。背後から危険人物が接近遭遇。
 
             至近距離で耳に直接声を吹き込んだのは絶対計算だが、間違いなく意図してい
 
             るが、深くものを考えられるほど未散の頭はよろしくなかった。
 
             80%を直哉が占め、10%を家族が占める。残りを勉強と友人に適当に割り
 
             振ってるわけだから、まあ実情は推して知るべしってやつで。
 
             「直ちゃん」
 
             赤い顔で振り返った彼女はやっぱり、幸せそうに微笑んでいた。パブロフの犬
 
             よろしくお腹の中が真っ黒な男に会えるだけで、とろけるような顔になっちゃ
 
             うのだから幼児教育って恐ろしい。長い長い時間をかけて、自分だけを見てく
 
             れるように、好きでいてくれるように直哉が人知れず頑張った証は、今のとこ
 
             ろ誰にも迷惑をかけていないし、いいっちゃいいのだが…。
 
             「あのね、クリスマスの3連休、土曜日だけしか会えなくなっちゃった」
 
             ごめんね、と両手を会わせてかわいらしく謝るカノジョを怒るほど直哉は腐っ
 
             ていない。なに、愛しい未散のお願いくらい寛大に聞いてやろうじゃ…
 
             「どうして?誰かと、約束?」
 
             …いや、愛しいからこそ一点集中型の極端思考がフル稼働するらしい。
 
             不必要なほど近寄って、きれいな顔で無表情に問いつめるのは最早脅迫である、
 
             と知りつつ実行。
 
             お人好しでちょっぴりおバカな彼女を責めることはできないが、反逆をそその
 
             かした悪漢(?)どもには充分復讐の価値ありと直哉は判断したのだ。
 
             …事と次第によっては、約束破りだってアリの方向で。
 
             「うんとね、23日は家族でクリスマスなんだって。ほら、お父さん最近あた
 
              しにも紗英にも相手にされないからへこんじゃってるの。せめて一日相手を
 
              してあげないと」
 
             「そっか」
 
             こくんと頷きつつ、彼は当日松尾家に乱入する決意をこっそり固める。
 
             1時間ほど家族の時間をもってもらったら、その後おじさんの好きな亀屋のま
 
             んじゅうを土産に仲間に混ざろう。未散の婿養子になる気満々の身としては、
 
             優秀な息子度アピールの機会は逃せないのだ。よし、名案。
 
             随分勝手な話ではあるが直哉にとって完璧な計画は、できあがってしまった。
 
             「25日はね、サークルの飲みなんだって。ユウカ先輩とダイスケ先輩と、遊
 
              ぶの」
 
             さてさて、これはいただけない。
 
             無表情が売りの直哉の眉が、ぴくりと動く。ほんの数ミリではあるが見る人が
 
             見ればばっちりわかっちゃう不機嫌のサインは当然未散も気づいて、
 
             「…直ちゃん?…怒った?」
 
             思いっきり下手にご機嫌伺いなんかしてみる。
 
             「サークルは、出なくていい」
 
             不安げな表情に返す言葉は、決定事項。誰がなんと言おうと決定。
 
             「ええ?!ダメだよ、約束しちゃったもん」
 
             本人が認めなくても、絶対決定だと首を振る未散を見て更に意志を固くした。
 
             だって、俺、ダイスケ嫌い。気安く未散に触るし。
 
             本音は、こんなくだらないこと。しかも彼女はこの先輩等に懐いていて、とも
 
             すると直哉よりも優先しようとすることが、多々あったりして。面白くない。
 
             今回だって大切なイベントを、謀ったように邪魔するじゃないか。いや、きっ
 
             と謀ったに違いない。
                  
             「どうしても、だめ?」
 
             邪気を隠してねだってみたが、
 
             「うっ…ダメ」
 
             一瞬ひるんだ後、翻らない意志に内心舌打ちしてこくんと頷いた。
 
             「わかった。24日だけで、我慢する」
 
             「ありがとう!」
 
             お礼の抱擁は頂いておくが、諦めた訳じゃない。
 
             いや、むしろ尚更誰にも未散は渡さないと決意した質の悪さ。
 
 
 
             「なんてことを、今頃考えてると思うわよ、間違いなく」
 
             と、正確な推理をして見せたのは究極の自己中心的生き物と似通っていると囁
 
             かれている不名誉な彼女、ユウカ。
 
             余談ではあるが、彼女にもそのカレシにもちゃんと漢字表記の名前はある。
 
             優花と大輔。別に覚えて頂く必要はないが、一応。
 
             閑話休題。こちら、密談が行われるにしてはいささか明るすぎるきらいのある
 
             通り沿いのカフェで、メンバは4人。
 
             ユウカ、ダイスケ、紗英、達也。
 
             もちろん議題は言わずと知れた『たまには直哉に痛い目を見せたい。それがク
 
             リスマスなら2倍楽しい』についてである。
 
             丸テーブルの中央、額をくっつけるようにして声を潜めるくらいなら、場所を
 
             代えた方がと思われるだろうがそこは雰囲気の問題なので。
 
             「え〜じゃあやっぱり、お姉ちゃんを強奪するのは、失敗しちゃうの?」
 
             不満たらたらで頬を膨らませたのは今回企画立案者の紗英で、諸々の事情から
 
             大切な姉をみすみす悪党の手に委ねてしまったことを日々後悔している分、一
 
             番に計画の成功を願っていた。
 
             クリスマスの間引き離したらキレた直哉の本性がのぞいたりして、未散も目が
 
             覚めたりしないかな、なんて儚い希望も抱いていたりする。
 
             「大丈夫。私が協力するんだから、安心して」
 
             心強い言葉を吐くユウカは、似たもの同士だけあって思考は読めると自信満々
 
             だ。
 
             「頼りにしてます、先輩!」
 
             「まかせておいて。…ところで、紗英ちゃん今度飲みに行かない?」
 
             「はい…」
 
             「ダメだよ!」
 
             「ユウカ!」
 
             きゃいきゃいと意気投合する女性陣を尻目に、男二人が身震いする。彼女らが
 
             結託すると良くないことが起こる、きっと起こる。
 
             そんで被害は絶対自分たちが被ることになるのだ。
 
             「「理不尽だよなぁ…」」
 
             呟きを聞き止めるものはいない。
 
 
 
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