スプリングチェンジ! 3 
 
 
 
             生まれて初めて、手際の良い直ちゃんというものを見ました。
 
             抱きしめられるなどという人生最大のラッキー、に浸っている間にあたしって
 
             ばベッドの上です。直ちゃんの下敷きです。まな板の上の鯉です。
 
             「えっと…?」
 
             ポヨポヨ弾むスプリングに目を丸くして見上げるのはカワイコぶってる演技じ
 
             ゃないんで。心底驚いてんの、本当よ。
 
             だってね、顔がマジなの。気の抜けたぼんやりでも、意識の飛んでる居眠り寸
 
             前でもないの。目蓋はきっちり上がってるし、ちょこっと上がった口角も、何
 
             故だかドキドキするほど魅惑的で、心臓がオーバーヒート寸前!
 
             「大好き」
 
             囁きが、滅多に拝めない微笑みとセットだった場合、ヴァルハラがこんにちは、
 
             だから。エデンでも極楽浄土でも可、よ。とにかくこの世のものとは思えない、
 
             夢見心地なわけで。
 
             乱暴?って首を傾げるキスに襲われても、性急?って胸元をはだける指先に疑
 
             問を感じても、オッケーに変換しちゃうの。
 
             理性が恋心に負けてるわ〜。
 
             「直ちゃん…」
 
             伸ばした腕でふわふわ揺れる頭をつかまえて引き寄せる。
 
             交わす微笑みも、軽く触れる唇も、すっと望んでやっと手に入れた大好きな人。
 
             「未散、好き」
 
             深くなるキスに、呼吸ごと奪われるのが幸せなんて、初めて知ったわ。
 
             苦しいのも、現実だって認識する大切な材料なのね。
 
             耳朶に移動した唇が、好きを繰り返しならが甘い痛みを残す。
 
             長い指が胸を包んで一瞬、強く握る。
 
             「…んっ!」
 
             「…ごめん…加減、できない」
 
             言葉の通り、痛みの走った胸は次いで暖かな唇に先端を強く吸われ、そのまま
 
             舌先に遊ばれて。
 
             「直ちゃ…あ、ん…はず、かし…電気…」
 
             閉じた目蓋の裏側にも伝わる白い光に、気恥ずかしくて激しく首を振り肩を押
 
             し返す。
 
             「だめ、見たい」
 
             けれど、願いを聞いては貰えなかった。
 
             抵抗した手首はシーツに縫い止められて、唇が喉元から鎖骨へ、胸へ鋭い痛み
 
             を残しながら緩やかに移動していく。
 
             「や、やめて…直ちゃん」
 
             「どうして?いや?」
 
             不意に胸の先端を口に含まれ、痺れる感触に悲鳴じみた声が喉を突いた。
 
             「ああっ…!」
 
             「気持ち、良くない?」
 
             問いかけながらも指で唇で、体中をまさぐる直ちゃんが今凄く男の人に見える。
 
             違う、ずっと前から直ちゃんは男の人だったんだ。
 
             でも、あたしといる時はそんな素振り少しも見せなくて、人畜無害なお兄さん
 
             だったのに。
 
             「怖い…直ちゃん、怖いよ…」
 
             自覚して、指先まで震えが走った。
 
             男女の差って学校でも雑誌でもイヤってほど知識をくれるけど、体験するとと
 
             ても大きなモノだと自覚する。
 
             力では叶わない。
 
             「怖くないよ。知らないから、怯えるだけ。感じて、俺は未散が、大好き。指
 
              も、唇も、肌も、未散に触れる全部で、好きだって、言ってる」
 
             「え…?」
 
             珍しく饒舌に話す直ちゃんは、視線を合わせて額にかかる髪を払いながら、苦
 
             笑した。
 
             「未散と、解け合えればいい。離れていかないように、ずっと一緒にいられる
 
              ように。でも、できない。だから、できるだけ、近く強く、抱きしめる。知
 
              らないとこないように、全部触れる」
 
             裸で伝わる体温は一枚なにかを挟んだ時より、ダイレクトに熱を想いを伝える
 
             と、包んで囁く。
 
             「俺にも、触って。未散が、全部」
 
             照れが邪魔をして、とても全てに触れるなんて無理。
 
             でも、見つめる直ちゃんが切なげだから、おずおずと背に回した指を上下させ
 
             た。腕に力を込めて、胸が寸分の隙間なくくっつくよう押しつける。
 
             弾む自分の心臓と、同じだけ早くピタリとシンクロする鼓動に気づき頬が緩ん
 
             だ。
 
             「…直ちゃんも、どきどき?」
 
             「うん。ずっと、未散を抱きたかったから。嬉しくて、怖くて、ドキドキする」
 
             怖い?直ちゃんが?初めてでもないのに。
 
             そう声に出したら、少しだけ不機嫌な返事が落ちてくる。
 
             「無理させたら、やりすぎたら、そう思うと、怖い」
 
             種類は違うけど、不安は同じだけ。
 
             自分だけじゃないとわかったら、急に余裕が出るから人間て不思議だ。
 
             「直ちゃんを信じる。好きにしていいよ」
 
             一瞬、息を飲む気配がしてありがとうって声と一緒に唇と指が好き勝手に動き
 
             始めて。
 
             我慢するより、夢中になっちゃえばきっと平気なんだと与えら得る感覚に溺れ
 
             てみれば意外と夢うつつで進めるみたい。
 
             あの瞬間までは。
 
             「…や、直ちゃん、触らないで…っ!」
 
             太股当たりを彷徨っていた指が、いよいよ核心に迫ろうとする頃やっぱり怖じ
 
             気づいたあたしは逃げ腰になる。
 
             「じゃ、いきなり入れて、良い?痛いよ?すっごく」
 
             真剣に聞かないで…。ストレートすぎて返事に困るから…。
 
             答えようもなく、頬に熱を集めて沈黙するを肯定と取った直ちゃんは黙って作
 
             業(?)を続けるのだ。
 
             「ん…あ、ああ…!」
 
             「我慢、しないで。気持ちいい?」
 
             質量を増しながら押し入ってくる指に、痛みと違う別のモノを感じ始めた頃、
 
             直ちゃんの謝罪が聞こえる。
 
             珍しく切羽詰まった、それでいて神妙な声が。
 
             「ごめん。やめてあげられない。我慢してね」
 
             なにを?と問い返す暇もなく、指に代わって押し入られる感触に悲鳴が掠れて
 
             尾を引いた。
 
             痛い!もう、それは激痛!未体験ゾーンで息は止まるし、涙が浮かぶ。
 
             「痛い、よね」
 
             ずきずきと脈打つ視界に、眉根を寄せた直ちゃんが写った。
 
             おかしなの、痛みは全部あたしのモノなのに、与えた方が苦しそうなんて変な
 
             理屈。
 
             でも、怪我をした紗英を見てるとこっちが泣きそうになることあったな。胸が
 
             苦しくなるんだよね、苦痛が伝染したみたいに。
 
             だから、
 
             「大丈夫…今は直ちゃんと繋がってるね」
 
             ずっとは無理だけど、短い時間でも抱きしめるより口づけるより、きっと近く
 
             にいるはず。
 
             笑って、柔らかな髪をかき回すと頷いた直ちゃんがキスをくれる。
 
             「大好き、だから」
 
             「うん、大好き、だね」
 
             時間がかかったから、いっぱい幸せ。
 
 
 
             結局、帰宅は紗英の予言通り日曜日で、それも疲れ切って動くのも億劫なほど
 
             で。
 
             同じだけ一緒にいたはずなのに、妙に元気の良い直ちゃんからあたしをたくさ
 
             れた紗英の意味深な吐息が気になって仕方ない。
 
             「…なに?なんか、言いたいの?」
 
             「ううん。自分の意気地のなさに嫌気がさしてるだけだから…ごめんね、お姉
 
              ちゃん。助けてあげられなかった」
 
             「ええ?助ける?直ちゃんとお泊まりがお父さんにばれたとか?」
 
             それはまずいわ。いきなり聞かされたら両親は卒倒するに違いない。
 
             焦りまくるあたしの横で、力なく首を振った紗英はそれならマシだと呟いた。
 
             「この先一生、知らない方がいいことだよ。…お幸せに…」
 
             「ちょっと!教えてよ!!紗英、紗英ちゃーん!!」
 
             なんなの?なんなのよ!!
 
 
 
 
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