スプリングチェンジ! 2 
 
 
 
             すっごい満足、ついでに満腹っ!締めはやっぱりマンゴープリンと桃マン、ご
 
             ま団子でしょ?
 
             もう食べられない、例え万年堂の豆大福1個120円(近所の和菓子屋で大好
 
             物)でさえも今は入らないわ〜。
 
             会計は自分がするからと珍しく強硬な直ちゃんを残して、先に出たパティオか
 
             ら望む春の宵は幻想的なのだ。
 
             こう、壁に囲まれて点在する光と咲き誇る花々、異国風のディスプレイなのに
 
             風に混じる土の香りは紛う事なきふるさとってアンバランスがあたしの視界を
 
             滲ませるの。薄ぼんやりと、丁度涙で歪んだ世界のように…。
 
             「っくしゅ!」
 
             「…花粉、飛んでる」
 
             背後からの忠告にロマンティックが吹き飛んでも恨むまい。どっちみち、花粉
 
             症の人間が大自然を満喫しようって方が間違ってるんだから。あたしなんて症
 
             状が軽いから全然マシじゃない、うん。
 
             気を取り直して振り返ると、建物の中へ無言で誘う直ちゃんの腕にぶら下がっ
 
             てぺこりと頭を下げる。
 
             「ごちそうさまでした」
 
             可愛い子ぶってるんじゃないかって?その通りよ、媚び売り全開、計算ずくの
 
             仕草と態度に決まってるじゃない。
 
             卑怯でさえなければ何やったってオッケー、勝てば官軍負ければ賊軍ってね、
 
             勝敗にこそ意味があるのよっ!!
 
             ………。
 
             しまった、いつもの癖で使わなくていい労力を使っちゃった。もう思いが通じ
 
             たんだから鈍い彼に気づいて貰わなきゃなんて努力必要なかったのに。怖いわ
 
             〜習慣て。
 
             でも、カレシとカノジョだって多少の建前は必要だからね、全然大丈夫。緊張
 
             感を無くすのは、長年連れ添った夫婦になってからでいいの。今は日々精進の
 
             時期よ。
 
             「…握り拳がどんなお礼かわかんないけど、どういたしまして」
 
             …妄想にはまってる間に知らず握りしめてたのね…しくしく…。
 
             訝しむでなく変わらぬ無表情にちょびっとホッとしながら、はたと気づく。
 
             そういえばまだお部屋見てないんだよね。
 
             直ちゃんチェックインと一緒にポーターさんとエレベーター乗ってたもんな
 
             ぁ。見送りながらあたし、紗英と電話してたし。
 
             興味ある。パティオがこんなステキなんだもん、きっとお部屋も…まってそれ
 
             以前に2人で一部屋?シングルじゃなくツイン?
 
             はっ!考え込んでたらまた妄想の罠に落ちるじゃない、ここは一つ勇気を持っ
 
             て聞いてみなくっちゃ。
 
             「直ちゃん、お部屋…」
 
             「次は、お風呂、だね」
 
             えっ?いや、お風呂の前にね…
 
             「お湯がね、乳白色の温泉」
 
             ぴくっ
 
             「薬草風呂、あるんだって」
 
             ぴくぴくっ
 
             「打たせ湯に、露天は当然」
 
             ぴくぴくぴくっ
 
             「あ、泥パック全身コース予約した」
 
             リンゴーンッ!!
 
             いやぁん、鐘が鳴っちゃったわ〜パックっ!パックよ、ビバぷちエステっ!
 
             既に温泉ホテルなんてレベル越えちゃってる、スパリゾート!!
 
             「すぐ行こう!今行こうっ!!」
 
             意気揚々と直ちゃんを引きずって行きながらもね、このセリフ口にするの2度
 
             目なんじゃないかなって疑問が脳裏を掠めるけど、追求する時間はない。
 
             だって、憧れのリラックスタイムが逃げちゃったらどうするのよ!
 
             後で泣きを見るんじゃないかって?
 
             それはその時。後悔って、後にするから後悔って言うのよ。先に悔い改めちゃ
 
             うほどあたしは人間できてないもの。
 
 
 
             で、1時間後。快楽主義の自分を激しく後悔することから始めちゃおうかな。
 
             まず第一に、直ちゃんに渡されたおっきなビニール巾着の中身。タオル云々は
 
             ともかく、何故あたしの下着が入っていたのか。パックに浮かれて考えもしな
 
             かった。
 
             ううん、妙だなって微かに思いはしたけどあえて無視したのよ。だってパラダ
 
             イスが目の前にあったんだもん。
 
             第二に、気が向かなきゃ指一本動かさない人間の無償の親切。
 
             お礼って言ったもん、ご飯おいしかったの、お風呂気持ちよかったのよ〜。
 
             ………タダより高い物はない。子供でも知ってる現代の法則じゃない。
 
             第三に、惚れた欲目。
 
             あたしの為にならないこと、直ちゃんがするわけないわ!っていう、無条件の
 
             信頼とも言うわね。
 
             例えるなら、お父さんは絶対受け止めてくれるもん、なんてわけのわかんない
 
             理屈で階段の一番上から飛んでおでこにコブを作った自分、とか。直ちゃんは
 
             絶対カノジョ作れるはずないのよ、みたいな根拠のない自信が裏切られた瞬間、
 
             とか。
 
             …いやなこと思い出しちゃったわ。聞いた時はサラッと流したけど、童貞じゃ
 
             ないんだった。
 
             それはつまり、若くてキレイでお色気たっぷりで、清楚で可愛らしくて純情可
 
             憐なお姉さんと…もごもごなことをしちゃったって意で。
 
             混迷を極めてますが、明らかにあちらの方が経験値が上なのです。
 
             現状、立ちつくして動けないあたしは夢と幻の狭間で生きてるファンタジーの
 
             住人とでも申しましょうか…。
 
             ぶっちゃけ「世の中なめてんだろ、お前は」みたいな。
 
             「こっち、くれば?」
 
             ベッドでダラリとくつろぐ新米カレシは仰った。
 
             同じく新米カノジョは問いたい。
 
             何故、同じ部屋?にゃんで、フェロモン過剰な上半身裸?全てに目をつぶった
 
             ってダブルベッドはないんじゃないかな?
 
             つまり、トラップで藻掻くウサギさんがあたしの置かれた状況です、と。
 
             『未散の部屋は307』
 
             この『未散の』のフレーズはビミョウに安心感を誘うね、今気づいた。
 
             浴場前で(欲情じゃないわよ、断じて!)ヒラヒラ手を振って言われたから、
 
             ぴっかぴかに磨いてもらったお肌にご満悦になりながらエレベーターを降りる
 
             その時まで、大事な見落としをしたんだわ。
 
             鍵がない…。
 
             でもって『直ちゃんの』部屋も知らない身としては、ビクビクしながら一応ノ
 
             ックなんてしてみたの。307を。
 
             もしや、同室?万が一、同室?必然的に、同室?
 
             って具合な良くない予感は全部的中で。貧困な経験ではあり得なかったダブル
 
             のお部屋にあたしは足を踏み入れたわけですよ。
 
             はい、回想と妄想と後悔は終了。前を見ないと、よっく見ないと。
 
             「えっと、直ちゃん。質問、いい?」
 
             平静を装って、相変わらずの計算ポーズで小首まで傾げて、オプションでビー
 
             ルを飲んじゃうちょっと人間か割って見えますよ、お兄さんな彼に聞く。
 
             「なに?」
 
             構えず表情を変えず、つまりいつもの無表情がこちらに向いた。
 
             「もしかして、今日は一緒に寝るの?」
 
             「うん」
 
             間髪入れずに肯定なんだ…そっか…。
 
             「えっと、ベッド一つだけ?」
 
             つっと視線だけ周囲に巡らせて、不審気にこくりと。
 
             ごめんなさい、目は見てます。そうですね、他に眠れるとこはないよね。
 
             「未散…」
 
             こわばった微笑みが顔から離れなくなっちゃったあたしの傍に、石けんの匂い
 
             をくゆらせて直ちゃんが歩み寄る。
 
             ゆっくり緩慢な動作でね。
 
             「ねぇ…?」
 
             頬に触れた指先にビクリと反応してしまうのを、見つめる瞳とぶつかった。
 
             ちょっとだけ見える変化、悲しそう…?
 
             「俺と一緒、いや?」
 
             それ、禁じ手だと思うな。
 
             腰を屈めて上目遣いにこっちを覗きながら、弱々しく呟くんだよ?惚れた弱み、
 
             好きな人に逆らえないのは、先に惚れちゃった人の宿命なんだろうか。
 
             「全然、いやじゃないからっ!」
 
             思わず力んじゃったわ。
 
             …どうにも、いいように操られてる気がするんだけど…。
 
 
 
HOME NOVEL NEXT?
 
 
 
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送