スプリングチェンジ! 1 
 
 
 
             温泉って言うから、ひなびた旅館を想像してたのにキレイで…豪華。
 
             スペイン風?なオレンジレンガ、真っ白の外壁5階建ての女の子が大いに喜び
 
             そうな建物なの!
 
             「未散?」
 
             車から降りるなりポケッとホテルを見上げてたあたしは、訝しむその声でよう
 
             やく現実へと帰還を果たしたのだった。
 
             うっ口開けっ放しだった。よだれ、垂れたりしてないよね?ね?
 
             乙女のたしなみ、そっとばれないように確認しなくっちゃ。
 
             「こっち」
 
             いつの間にか2人分の荷物を手に直ちゃんが手招きをしている。
 
             いつにない行動力、無表情からは読めないけど、やる気満々?
 
             …って、やだっ!やる気ってあたしのバカっなんて想像してるのよ!!
 
             「…平気?」
 
             1人百面相は天然様の目にもかなり面妖だったらしいの。
 
             数歩戻ってくると額をコツンとぶつけて−−−。
 
             妄想暴走中に至近距離でそんなコトしちゃ、ダメっ!卒倒しちゃうんだから…。
 
             「あ、壊れた」
 
             呟きは嘘でも大げさでもない。
 
             緊張にとうとう糸の切れたあたしはへなへなとくずおれて、冷たいアスファル
 
             トの駐車場に赤ら顔のままみっともなく座り込み。ホント言うと腰も抜けちゃ
 
             ってたりして。
 
             「どっか、痛い?」
 
             しゃがみ込んで発せられた平淡な声に、ぷるるっと頭を振る。
 
             「じゃ、車に酔った?」
 
             更にぷるぷる。
 
             「うーんと、お腹空いた?」
 
             …空腹で顔が赤いとは、これ如何に…?
 
             じゃなかった、どうでもいいのよ、そんなことは。
 
             重要なのはそこでなく、ずれちゃった思考というか、はまり込んじゃった罠と
 
             いうか…。
 
             「あのね、直ちゃ…」
 
             「中華レストラン、予約済み」
 
             脈絡もなくにっこり笑うその顔が、なぜだか桃マンに見えるじゃない。
 
             「小龍包も、あるよ」
 
             あ、大好物。
 
             「エビシューマイも、頼んだ」
 
             メニュー見ないで?…でも、でもお昼ちょびっとしか食べてないんだよね。
 
             「おこげ、好き?」
 
             「今行こう、すぐ行こう!」
 
             貞操の危機より、食欲かって?
 
             いやだなぁ、よく考えてよ。相手は直ちゃんなんだから、鈍さを極めちゃって
 
             るお隣さんよ?
 
             そんなこと、あり得ないって!
 
 
 
             チェックインは全部任せて、あたしはホテルの外から携帯で紗英に連絡した。
 
             ずっと相談相手を務めてくれた可愛い妹に、嬉しい報告をするのはやっぱり義
 
             務じゃない。あんな悩みやこんな愚痴、いっぱい聞いてもらっちゃったもんね。
 
             「だから、今夜は合宿じゃなく直ちゃんとお泊まりなのっ!」
 
             「…えっ?」
 
             ラブラブハッピー光線MAXで報告すると、どうしてか紗英ってば微妙なお返
 
             事。なんか、あるの?
 
             「お泊まり?今日告って、今日オッケーもらって、今晩…?」
 
             電光石火じゃん…って小声で言っても聞こえてます。
 
             違うんだって、旅行はあくまで偶然の一致で、元々はそう…あれ?なんだった
 
             んだっけ?
 
             ともかく、他意はないんだと一生懸命成り行きを説明してどことなく紗英もわ
 
             かってくれたっぽいけど、イマイチ空気が疑り深い。
 
             「大丈夫だってば。激ニブ、天然、色気ゼロの直ちゃんが相手なんだよ?なに
 
              かあるわけないじゃなーいっ!」
 
             カラカラ笑って陽気に否定したその影で、どうしてか悲壮なまでに思い声が響
 
             くの。
 
             「お姉ちゃん…直哉君のどこ見てんの…?」
 
             かっちーん!
 
             「ちょっと、聞き捨てならないわ。ずっーっと直ちゃんだけ見てきたあたしよ
 
              り、紗英の方がわかることあるって言うの?」
 
             自他共に認めるストーカーな姉に、随分な侮辱、最大級の蔑みだわっ!!
 
             見えないと知りつつ、ふんぞり返って傲然と言い返せば、これまた気に障るた
 
             め息が一つ。
 
             「アンタの方がよっぽど天然で、おめでたいって言うの…
 
             「なによ、声ちっちゃくて聞こえない。あれ、電波悪い?」
 
             大事な話してるのに、急に感度悪くなることないじゃない。ねえ?
 
             「電波のせいじゃないから、大丈夫。直哉君刺激するのはイヤだからわざと小
 
              声で言ったのよ」
 
             携帯をひっくり返してアンテナマークを確認していた耳に届く、紗英の苦笑混
 
             じりのセリフ、気にならない?なんで直ちゃんを刺激する?
 
             「どういう意味…」
 
             「健闘を祈る。帰りは日曜だね?」
 
             人の言葉を遮って、強引に話を終わらせた紗英にむかつきながらもきょんとし
 
             た。
 
             「?どうして、一泊でしょ。合宿に合流する気も無いから、明日には帰るよ?」
 
             「…あー、帰れる気でいるんだ。わーおめでたい…
 
             「なに?また聞こえない、紗英っ?!」
 
             いい加減、イラっとするんだけど。奥歯に物が挟まったみたいなはっきりしな
 
             い言い方ばっか!
 
             「はいはい、落ち着いて。お姉ちゃんは知らなくていいことがいっぱいってだ
 
              けだから気にしないの。取り敢えずお母さん達は日曜まで帰らないと思って
 
              んだから急がなくていいよ。じゃ、イロイロ気をつけて。うん、イロイロ…」
 
             で、ピッと切れるって…。
 
             紗英ちゃんっ!イロイロってなに?どこがイロイロ?なんでイロイロ?むしろ
 
             イロイロって、しかればイロイロ…。
 
             ああ、ホント、すっごい気になるじゃない〜!!
 
             「未散、エビチリ」
 
             あの魅惑のオレンジにはイロイロ仕掛けがあると思うの。
 
             とうがらしとかトマトとか、うーんイロイロ。
 
             ……あれ?
 
             振り向くと相変わらずな飄々スタンスの直ちゃんが一人、月明かりにも麗しい
 
             美貌をぼけっと晒して立っている。
 
             手にはおっきなビニール巾着を提げ、どうやら着替えたらしいジーンズにトレ
 
             ーナーの部屋着スタイルで。
 
             …なんでご飯にいく前に着替えちゃうの…ジャケットくらい着てレストラン行
 
             こうよ…。
 
             「フカヒレスープも追加しちゃった」
 
             「大変っ!急がなくっちゃ!!」
 
             細かいことは全部忘れて、のんびり直ちゃんを引きずったあたしは一路中華を
 
             目指した。
 
             場所知ってるのかって?細かい突っ込みはナシよ。
 
             それより、なんか大事なこと忘れちゃった気がするんだけど…いっか。
 
 
 
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