24.side静       
 
 
         「い、や…!」
 
         「嘘つき、だねぇ」
 
         震える胸をきつく吸い上げながら、実は僕の方こそ嘘をつく。
 
         手のひらでその白をなぞるたび、押し殺した喘ぎを聞くたび余裕は消えて、翻弄するふ
 
         りをしながら、溺れているのはこっちだ。
 
         「ほら、もっと鳴きなよ」
 
         笑うくせに、そうされたらきっと限界を超えたタガが飛んで本能だけで君を壊してしま
 
         うと知っている。だからそう、耐えるといい。
 
         「…っ」
 
         目に涙をためて、悔しそうに唇をかんで、意地を張る姿が余計僕を煽るから。
 
 
 
         初めての出会いは、取り繕いようもない最悪のもの。
 
         性欲を満たすだけの相手とつかの間の快楽を分け合って、渇いた喉を潤していた夕方の
 
         キッチン。
 
         「…誰、ですか?」
 
         見知らぬ男に、しかも半裸の怪しさだけがある相手に君は動じることもなく問うて来た。
 
         今時珍しいほど飾らない容姿より、僕を相手にしても動じない態度より、心をとらえた
 
         のはその強い視線。
 
         ガラスレンズを通しても揺るぎなく、射すくめる瞳が心臓を掴んだ。
 
         「招かれざる客、です」
 
         ふざけたこの答えに、彼女はいったいどうするだろう。
 
         一瞬の攻防は、期待に踊る僕と冷静に状況を判断する君との間で僅か流れ、結局相手を
 
         するまでもないと判断したらしい表情でこちらの敗北が決まる。
 
         楽しかった。すこぶる。
 
         自分の思い通りにならない女の子。けれど、興味がないわけではないらしい。だって、
 
         ほら、微笑んで一歩踏み出せば、少しだけ顔に動揺が走るじゃないか。
 
         「君は、難しそうだね」
 
         本音は、作り笑いや冗談でごまかせない。
 
         この子を手に入れるのは、一筋縄でいかないに決まってるから僕はじっくり策を巡らす
 
         ことに決めた。その為に無駄なほど積んできた女性経験を生かそうと。
 
         僕の真剣をどう受け止めたのか、瞬きほどの間眉間にしわを寄せた彼女はやがて考えも
 
         つかないセリフを口にするのだ。
 
         それはもう、口説かれてる女の子が絶対たどり着かない発想に。
 
         「…実に単純明快ですよ」
 
         一瞬、何を言われているのかわからず、理解すると同時に笑いがこみ上げてきた。
 
         誰が思考回路の話をしてるって?これは本当に難しそうだよ!
 
         バカ笑いが収まる前に、彼女は二階に消えてしまったからね。名前も告げず。
 
         
 
         僕は自分から誰かを好きになる必要がなかった。保育園でも、小学校でも一方的に想い
 
         を告げられるだけで、その中の気に入った子を選べばいい。
 
         生まれつき備わっていたそつない性格はこんな時とても役立ち、申し訳なさそうな演技
 
         も心底嬉しそうな演技も年を経るにつれプロ級に進化を遂げた。
 
         でも、それじゃ手に入らないものがある。
 
         父さんが抱きしめる母さん、ハルカが微笑む先の義兄さん、秋がしつこく追い続けた春
 
         ちゃんも、青君が固執するアスカも、薫でさえ狂わせたただ一人を僕はまだ見つけてさ
 
         えいないんだ。もう、18なのに。
 
         「ねえ、どうやってたった一人を決めたの?」
 
         照れてろくな情報をくれない女性陣に見切りをつけて、同性同士突っ込むと異口同音に
 
         返る言葉。
 
         『一瞬で、わかるさ』
 
         わからないから、聞いてるんじゃないか。もちろんそう言えば、
 
         『キスが、気持ちいいんだよ。信じられないくらい』
 
         からかわれてるんでなければ、僕には永遠の恋が遠いのかもしれないと思わせる一言だ
 
         った。
 
         誰とも交わしたことのない感覚、見つけたことのない一人。どちらもきっとひどく朧で、
 
         手の届かない場所にある宝。
 
         けれど、探り当てればそれはとても近い。
 
         「ん…、もう…っ」
 
         こうして、腕の中に閉じこめられる。
 
         「もう…?どうするの」
 
         口づければ目眩するほど、君を刻めて。
 
         「イジワル、しないで…」
 
         涙目で言われたって、
 
         「それは、無理だよ」
 
         追いつめるふりで、追いつめられているんだから、虚勢を張るしかない僕は君を泣かせ
 
         て、啼かせて、細い理性を保つ。
 
         「私だって…もう、無理だわ」
 
         本当に、これ以上どうしろって?上目遣いのおねだりを、飲むしかないの?
 
         「…名前を呼んでくれたら」
 
         あどけない顔で淫らに体を開く君が、まだ一度も叶えてくれない望みと引き替えなら、
 
         それほど悪い条件でもないかもしれない。
 
         僕のささやかにして、最大の願いはピンクに染まった肌と口ごもる君を見るっておまけ
 
         付きで満たされた。
 
         「静、くん…」
 
         ああ、君の唇からこぼれる名は、文字通り静かに胸を満たしていく。
 
 
 
         コトの後、女の子を抱きしめているのは初めてだと内心苦笑する。
 
         柔らかくて、小さくて、何より手放しがたいぬくもりがきっと『離れられない』って言
 
         うことなんだろう。
 
         体験してしまえば、わざわざ理解するまでもない単純な感情。
 
         彼女とも、共有できていればいい。
 
         そう思ってのぞき込んだ表情は、悲しげに曇る。
 
         「…どうかした?」
 
         無理をさせてたんだろうか。できる限り気遣ったつもりだけど、押さえが効いたかと言
 
         われれば自信がない。全くない。
 
         不安に揺れる瞳はいつもの毅然とした強さを隠して、まるで無力な女の子のように儚げ
 
         で僕の庇護欲を痛いほどに刺激した。
 
         「一度、きり?…この一回だけのために私はお姉ちゃんに許しを請いに行ったの?」
 
         すがる仕草を理解できず、言葉を失う。
 
         どこからそんなこと、考えつくんだ。言葉より雄弁に、何度も何度も体に伝えたはずな
 
         のに。なにより知ってしまった、全てを与えあい溶かしあう快感をこれきりで終わらせ
 
         ることなんて、決してできないだろ?
 
         「バカなこと、聞くんだね。やっぱり君は難しい」
 
         キスを落とせば、わかるはず。ほら、僕は君が愛しいって。
 
         「難しくなんかないっ!そっちの方が、よっぽどわからないわ!」
 
         全力で腕から藻掻き出て、睨む頬に零れていく雫。
 
         「何も、言ってくれないじゃない…好きも、嫌いも。笑って、からかって、やるだけ。
 
          あなたにとって、私もセフレ?!」
 
         今更だけどね、僕はやっと気づいたんだ。
 
         遠回しに匂わせるのは口説いている最中で、手に入れたらはっきり言葉にしなくちゃい
 
         けないってことに。
 
         「ごめん、そう、そうだったね」
 
         暴れる体を強く抱いて、二度と放さないと抱きしめて、忘れていた一言を届けよう。
 
         「好きだよ。初めてあった日からずっと、みるが、ね」
 
         もうこれで君は僕の、僕だけのもの。
 
 
 
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