4.side青 ルーター    
 
        僕たちは3人だけで生きていくんだ。
 
        両親の旅行先から亡骸だけが帰ってきたあの日、兄さんがそう言った。
 
        多額の保険金と、花屋を兼ねた家があれば十分可能な提案だったけど、就職の内定をもら
 
        ったばかりの兄が高校生の花と小学生の僕の親になるのはやっぱり無理がある。
 
        それでもがめつい親戚に財産を巻き上げられ、挙げ句離ればなれになるよりいいと笑った
 
        顔に誓ったんだ。
 
        絶対やり遂げてみせるって。
 
        全ての雑事を取り仕切る緑、家事を担う花を助けるために僕もできる限りのことをした。
 
        店番にも立つし、皿だって洗う。塾はやめて友達と遊ぶのも我慢した。
 
        一年かけて生活のペースも掴め、何もかもうまくいくって思ってたある日泣きながら子供
 
        を産みたいって言った花を見たのは衝撃だったけど、だいぶお腹も大きくなった今、それ
 
        すらも日常に馴染んでいった。
 
        …気持ちの切り替えは楽じゃなかったけど、相手が見えない分我慢できることもある。僕
 
        は自他共に認める重度のシスコンだからね。
 
        「…花束ほしいんだけど」
 
        「はい、どんなイメージでお作りしますか?」
 
        ちゃらちゃらした恰好の男が女の機嫌取りのための花を買いに来る、この店じゃ珍しいタ
 
        イプの客だな。
 
        腹で思っても決して口には出さない、商売の鉄則を踏まえて笑顔で対応してやった僕に対
 
        して、その男は驚きを隠せない幼稚な反応でこちらを見ていた。
 
        「お前、小学生だろ?できんの?」
 
        「お気に召さなければお引き取り下さい。通り向こうには別の花屋もありますよ」
 
        いちいち怒るのもバカらしい。そう儲かっている店でもないが、客を選ぶ程度の余裕はあ
 
        る。
 
        話は終わりとばかりに元の作業に戻った背中に、少し慌てた声が聞こえた。
 
        「わるかったよ、花束作ってくれ」
 
        …ふん、わかればいいんだ。
 
        適当に好みを聞いてチョイスした花たちをまとめ上げながら、一歩間違えば怪しいと言え
 
        なくもない男の容姿を観察していて、もしやと記憶の糸を探ったことを僕はその後一生後
 
        悔することになる。
 
        金色の髪、サングラスに目元を隠してもそれとわかる整った顔形、見上げるほどの体は筋
 
        肉がバランス良くつき、いい具合にくたっとしたライダースとスリムなジーンズはどこか
 
        のポスターで見たことのあるスタイルだ。
 
        「…片桐薫…」
 
        知らず口をついた呟きを聞き止められていないことを確認して、胸をなで下ろす。
 
        そう、いつだったか花が『いい曲だね』とCDを買ってきたことがあったっけ。夕飯の買
 
        い出しならもうすぐ終わるよな…会わせてやったら喜ぶはずだ。
 
        子供を産むと決意した頃から、笑顔を陰らせるようになった姉に少しでも嬉しいをあげた
 
        くて僕は殊更ゆっくりと作業を続けていく。
 
        手早くやったらこいつ、帰っちゃうからな。
 
        「なあ、お前がいつも店番してるの?」
 
        所在なげに鉢植えを眺めていた片桐薫が、振り返ることなく問いかけてくる。
 
        「いいえ、大抵は姉ですね」
 
        「…へえ、お姉さん」
 
        なんだ?今の微妙な間がイヤに気になる。
 
        リボンを選ぶ手を止めて発言者の意向を伺おうと視線を送ると、意外にも奴はカウンター
 
        のすぐ近くにまで近づいていた。
 
        「お前、いくつ?」
 
        「12才ですけど…」
 
        「じゃあ、お姉さんて15くらいか?」
 
        「…そんなことに興味あるんですか?」
 
        身を乗り出してまでする話題じゃないだろう、もしそうするほどの理由があるというなら
 
        絶対ろくなことじゃない。
 
        本能が出す警告は大抵当たるという特技を持つ僕は、挙動不審の芸能人を花に会わせると
 
        いう案を早々に却下することにした。
 
        危険だ、何を隠してるんだか知らないがこいつは捜し物をしてるんだ。それも女を、きっ
 
        と花と同じくらいの年頃の。
 
        まずい、まずい、まずい!
 
        早く動けよ、指!急がないと花が帰ってきてしまう。
 
        「ただいま〜」
 
        …こんな時、僕は子供なことを恨まずにいられない。弾かれたように振り返る片桐薫を止
 
        めることも、呑気に買い物袋抱えて入って来る姉の顔を隠すこともできないんだから。
 
        「あ、いらっしゃいませ」
 
        客の存在に気づいて小さく頭を下げた花に、猛然と駆け寄ったのは天下のスター様の方だ
 
        った。
 
        「見つけた!!」
 
        ぶつかるような勢いで二の腕を捕まれた花の表情が凍るのに、時間は掛からない。
 
        相手を認め、普段の物静かな様子からは信じられない抵抗で体を捩って。
 
        「やだっ…放して…青くん!」
 
        言われるまでもない。
 
        敵いはしないとわかっても、嫌がる花と片桐薫の間に小さな体を割り込ませ全力で無駄に
 
        でかい体を押しはなす。
 
        「花に触るんじゃないっ!」
 
        「邪魔するなっ!やっと見つけたんだ…俺、俺はアンタに謝らないと…っ?!」
 
        喚きながら障害物を取り除こうと足掻いていた奴の動きが止まったのは、細い体に不似合
 
        いなほどつきだした花の腹部を認めたからに他ならない。
 
        後一月ほどで産み月を迎える小さな命−きっと、イヤ間違いなくこの男が原因の子供。
 
        緩んだ腕をふりほどいて駆けだした花を、一瞬で我に返った片桐薫が追う。
 
        もちろん僕だって走ったさ、でもスタートダッシュの次点で遙かに負けてた。
 
        身重の姉が全力疾走するんだ、無謀すぎるし止めなきゃいけないのは明らかで、けれどそ
 
        れを止めるのはきっとアイツじゃなきゃいけなくて。
 
        ああ、どうして僕のカンは当たるんだろう。
 
        …戻ってきたら覚えていろよ、絶対お前を許さないんだからな!
 
 
 
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