3.side薫 メモリーバック 
 
        なにやってんだろな、俺…。
 
        バスルームから慌てて飛び出すと、あの女は消えていた。
 
        昨夜もだいぶ飲んでたから、どこで引っかけたのか覚えちゃいねぇけど、なんだって隣で
 
        眠り込んだりしたんだ。いつもみたいにやるだけやって放り出せばこんな後味悪い思い、
 
        抱えることなかったのに。
 
        日の光の中、あどけなさの残る表情に、一瞬天使を想像した。
 
        優しい夜を模した瞳、白磁の肌、流れ落ちる漆黒の滝、そして…首筋に残る禍々し紅。
 
        己の汚した者に罪悪を見せつけられているようで、怒鳴ることで加害者を入れ替えた、突
 
        き放して逃げ出した。
 
        冷水浴びて、頭ん中クリアになればなるほど自分の身勝手な振る舞いが悔やまれて、怯え
 
        に見開かれた瞳がちらついて、間に合うなら謝りたいと飛び出したが、彼女の気配はもう
 
        どこにもなかった。
 
        「…ったりまえだよな」
 
        空っぽのベッドに呆然とすんのはオカシイだろ?
 
        あんな言い方されてまだ居てくれる女が存在するなら、俺は毎晩飲んだくれることも、欲
 
        望を満たすために後腐れない関係を捜すこともないはずなんだから。
 
        一夜限りの相手に、しかもあんなガキに、なに望んでんだよ。
 
        自己嫌悪を引きずって、まだ温もりの残るベッドに倒れ込む。
 
        髪を濡らす雫があちこちにつけたシミをなんとも無しに目で追っていて、凍り付いた。
 
        シーツに残る血の跡、初めての証、まとわりつく雄の匂い…。
 
        「俺が…っ!」
 
        ぶっ飛んでた記憶がハレーション起こすには充分な刺激だった。
 
        古い映画のように、切れ切れの映像と共にもたらされるすすり泣き。
 
        抑えがたい欲求をたたえ、なだめすかす俺の声。
 
        小さな体で精一杯に示される拒絶にも取り合うことはなく、髪を撫で、キスを降らせて己
 
        の想いを遂げてゆく。
 
        生々しい快感、肌に残る熱、焼ける思考。
 
        欲しくて欲しくて、酔いに任せて無理矢理手に入れた女。
 
        『すごいよね、この生命力』
 
        浴びるほど飲んで、タクシーを拾うため歩き出した歩道で彼女は笑った。
 
        うだる暑さの中、排ガスにまみれ立ち枯れた街路樹を眺めていた瞳はどこか焦点が合って
 
        いなくて、馴れぬ酒に飲まれていると容易に想像がつく。
 
        興味本位でかけた声に、警戒も見せず返された答えに気を引かれた。
 
        『枯れてんじゃねえか。どこがすごいんだよ』
 
        『そっちじゃない、ここ』
 
        人形のように整った外見とは裏腹に、荒れた指先が示す先、小さな若木が伸びている。
 
        『死ぬ前にちゃんと子孫を残すんだよ。それも、自分とは違うその場に適応できる遺伝子
 
         を持った若芽を』
 
        愛おしむように触れた葉が、揺れる。どこか陰を帯びたその横顔に、視線を外すことがで
 
        きなくて手を伸ばした。
 
        『誰か、大切な人でも亡くしたのか?』
 
        サラリと掻き上げた黒髪の下、振り向いた瞳が自分を映す。
 
        なぜそんなことを思ったんだろう?
 
        『泣けば楽になんじゃねえの?』
 
        少女は悲しいとは言っていないのに、その頬に涙の跡が見えた気がして幻影を消すように
 
        指を動かす。
 
        『泣かないよ。泣いても戻ってこないって知ってるもの。後ろを向くより前を見る方がず
 
         っと大変なの。でも、そうするって決めたから』
 
        儚くさえ見えた姿に凛とした光りが射して、恋に落ちた。
 
        望みを叶えたくせに、手に入れたモノが多いほど苛立って荒れていた自分。
 
        まだ子供の域を出ないであろう年なのに、全てを受け入れ乗り越えた少女。
 
        欲した強さが目の前にある。与えるでもない、奪い合うでもない、支え合えるだけの力を
 
        有した存在がいる。
 
        後は必死だった。決して逃すまいと、持てる全ての手管を使って、やっと胸の内に引きず
 
        り込んだのに。
 
        何を言った?
 
        リビングに飛び込んで、放りだしたままのジーンズを履く。
 
        何をした?
 
        目についたTシャツを被る。
 
        何故行かせた!
 
        車のキーを掴んで、破壊する勢いでエレベーターのボタンを殴りつけた。
 
        間に合え、間に合ってくれ…!
 
        一言でいい、謝るんだ。許してもらえなくてもいい、せめて泣かせたくない。
 
        追いつけるはずがない、見つけられる訳がない。
 
        わかっていながら俺は、いつまでも彼女を捜し続けた。
 
 
 
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          うちのお話には珍しく、スイッチ形式のお話。  
          できるだけ皆さんが混乱しない描写で進まんといけんですな。
 
 
 
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