2.side花 プロローグ
 
 
 
        お兄ちゃんの忠告を聞いておくべきだったと、気づいた時は遅すぎた。
 
        夜はとっくに朝になっていたし、二日酔いで痛む頭も見知らぬ部屋も、昨夜なにがあった
 
        のか教えてはくれない。ただそこにある現実だけが、私の知りうる全てだった。
 
        裸の自分と、隣に眠る誰かの存在。
 
        「…いたっ…」
 
        下腹部に走る痛みでとんでもないことをしてしまったことはわかる。でも、それに伴うは
 
        ずの記憶は真っ白で、抱き合った相手の顔さえ思い出せない。
 
        この人を起こせば…それはわかるのよ、ね?
 
        むき出しの肩を朝日に晒して、柔らかなリネンの中に眠る人。きっと、初めての相手。
 
        早鐘を打つ胸を宥めながら、恐る恐る延ばした指で軽く揺するとぱたりと体が倒れ込んで
 
        きた。
 
        「…かたぎり…かおる」
 
        金髪の間に覗く端正な顔、目をつぶってたって本人だとわかるわ。眠っていてもその声を
 
        知っている。テレビにも看板にも惜しみなく姿を晒し、ヒットチャートも有線もひっきり
 
        なしに彼の声を流し続けているもの。ついこの間まで彼主演のドラマも見てた。教室のお
 
        しゃべりでこの人が話題に上らない日なんかない。
 
        どうして彼が、私の隣で眠っているの?
 
        混乱で動けずにいるのに、覚醒を迎えようとしてる睫が揺れた。
 
        えっ、ど、どうしよう…ああそう、服、何か着ないと裸…。
 
        焦る心と裏腹にひどく緩慢な動作で周囲を見回し、ベッドと小さなテーブル以外なにもな
 
        い部屋に取り敢えず布団に潜り込むって手だてを講じるのと、光りに透ける緑の瞳が開か
 
        れるのは同時だった。
 
        瞬間かち合った視線に、熱が上がる。柔らかな眼差し、少し開いた唇、どれも男の人だと
 
        は信じられない艶を帯びて。
 
        「誰だ、お前」
 
        だからこそ、発せられた言葉に凍り付いた。不機嫌に寄せられた眉に、すくみ上がった。
 
        カメラを通しては見たことない冷たい表情で、息が止まるほどの間近で、怒りに満ちた眼
 
        差しが私を呪縛している。
 
        「あ、の…わたし…」
 
        「ファンか?…っくそ!勝手に上がり込んでなにしてんだよ!警察に突き出すぞ!!」
 
        けい…さつ?待って、ちょっと待って…っ!
 
        説明をしたいのに、ううん、むしろこっちの方が状況を教えて貰いたいくらいなのに喉が
 
        詰まって声が出ない。
 
        ただ必死に首を振り続けるのに、跳ね起きた彼が自分の裸身を認め汚いものでも見るよう
 
        に私に視線を移すと低く毒づいた。
 
        「…んだよ…また女拾ったのか…。悪かったよ、誤解した。でも俺昨夜なにがあったか覚
 
         えて得ないんだ。悪いけど帰ってくんない?」
 
        言い捨てながらも彼の動きが止まることはない。勢いよく立ち上がると振り返ることなく
 
        広い部屋を横切って、消えた。
 
        ベッドの上、ほんの短い出来事についていくことなんかできないで、座り込んだ私が事態
 
        を飲み込めたのはそれからたっぷり5分は掛かったんじゃないだろうか。
 
        ノロノロとベッドを出て、床に目をこらしながら衣服を捜す。どこで脱いだのかわからな
 
        いけど、とにかく裸じゃ帰ることはできない。これだけ物のない部屋だもん、散らかった
 
        洋服があればすぐわかりそうなんだけど形跡すらなかった。
 
        どこ?…お願い早く見つかって…いたくない、私だってこんなところにいたくない。
 
        闇雲に手を伸ばした先で、真っ赤なシミを見つけてしまうと涙が溢れそうになる。
 
        真っ白なシーツに残る罪の跡。彼にとっては何気ない夜でも、私にとっては重大な一夜。
 
        なのに、覚えてないのよ?相手は顧みることすらせずに帰れって吐き捨てる人よ?
 
        もうすぐ18になるこの年まで、好きな人ができるまではって大切にしてたのに。記憶も
 
        なく、踏みにじられた跡だけが生々しく残っている。
 
        自分のバカさ加減に吐き気がして、寝室を飛び出した。ドアを開けた先のリビングもモデ
 
        ルルームのような作りで、生活感のない整った室内を転々と散らかる服など容易に見つけ
 
        ることができた。
 
        なにしてたのよ、バカみたい、バカみたい!
 
        涙で不明瞭になる視界の中、一枚拾っては身につけ淡々と身支度を終えていく。
 
        気怠い疲れの残る体も、ガンガン痛むこめかみも動きを鈍らせることはなく、最後にバッ
 
        クを手にした時は安堵で叫び出しそうで。
 
        帰ろう、早く。一秒だってここには居たくない。
 
        微かに漏れる水音に、更に嫌悪を募らせた私は転げるようにマンションを跡にした。
 
 
 
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          痛いなー、ここはあんまり書きたくなかったな…。
          でも、プロローグがないと次に進まないんで(笑)。
 
 
 
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