13.sideハルカ    
 
         薫さんがあたしを呼んだワケは、新曲のジャケット写真を撮影するため。
 
         つまりモデルをしろってことらしいんだけど、それはプロにお願いすべき仕事じゃない
 
         の?!
 
         「ムリ。ムリだし、絶対できない」
 
         スタジオとやらについてから事情を説明されて、飲み込めるわけがない。
 
         十数人のスタッフさんがうろつく現場に踏み込むこともできず、あたしは壁に張り付い
 
         て首を振り続けた。
 
         往生際が悪いと呆れる秋君を、けっ飛ばしてやりたい。
 
         説明する時間は山とあったはず。お茶を飲んだリビングでも、クルマの中でもいつだっ
 
         て言えたのに黙ってたな。
 
         許すまじ。
 
         「キレイになりたいんだろ?」
 
         けれど、お姉ちゃんに事の次第を聞いたんだろう卑怯な囁きに負けてしまったのである。
 
         う、美しくはなりたいの、あの人に近づけるくらい。声をかける勇気を持てるくらい。
 
         迷いない動きで髪を顔をいじっていくお姉さんが、褒めてくれるからだんだんその気に
 
         なったりして、なんの変哲もない白ワンピ姿を、スタイリストのお兄さんが感嘆してく
 
         れるからいい気になってみたり。
 
         急にごめんと謝りながら可愛いを連呼してくれた薫さん、場を盛り上げようとはしゃい
 
         でみせる秋君、似合うね、イメージ通りだと囲んだ人達が持ち上げてくれるから、忘れ
 
         てた。
 
         所詮にわか仕込み、外見をいくら飾っても、あたしの性格まで変貌を遂げるワケじゃな
 
         い。
 
         じゃれ合い、疲れた顔したスタッフさんの時間を浪費したおバカ親子を窘めて、謝罪さ
 
         せる。メガネなしのぼやけた視界を幸いに、人見知り癖を押しやって360度丁寧に回
 
         転して…。
 
         見つけてしまったのだ。
 
         伏せた視界を占める赤を。はっきり見えなくたって、間違いないと確信できる鮮烈な色
 
         を。
 
         「…えっ…」
 
         覚悟していても、本物を前に声が詰まる。
 
         霞んだ視界でも彼とわかるほど、それほど2人の距離は近い。
 
         彼だ。見上げるほど身長の高い、短く立った髪と派手な顔立ちに負けない派手なTシャ
 
         ツと、骨太の腕に乗ってるごつい腕時計と、全部が憧れてやまない彼で。
 
         「君…」
 
         ずっと見つめてしまった瞳がにわかに揺れて、触れたかった大きな手があたしに差し出
 
         される。
 
         捕まっては、いけない。今傍にいたら、溢れた好きが口をつく。
 
         彼を避けたのに、その行動が自分を戸惑わせて、違う感情がせめぎ合う中混乱から逃げ
 
         ようと踵を返した。
 
         「おい、ハルカ?!」
 
         戸惑う秋君にも答えず、闇雲にあたしは走るだけ。
 
         たくさんの機材が乱雑に放置された床を縫って、廊下からの眩しい光を集めている出口
 
         へ、一直線にひたすらに。
 
         「待って…!」
 
         やっとドアをくぐった時、逃げおおせた安堵で気が抜けていたの。
 
         もう大丈夫、これで彼に会うことはないって。
 
         捕まれた肩が熱くて、剥き出しの肌に触れる掌が跡をつけるようで、振り向いたあたし
 
         の顔は歪んでいたに違いない。
 
         絡んだ視線の先で、困惑するあの人の表情がそれを物語る。
 
         彼にはわからないんだよね、あたしが逃げた理由。一方的な片思いの相手がいたからっ
 
         て、姿を認めると同時に背を向けるなんてあまりに失礼じゃない。
 
         謝らなきゃ。せめて悪い印象を抱かれないよう、ちゃんとしなくちゃ。
 
         「…あたし…あたし…」
 
         喉で詰まった言葉に、胸まで苦しくなるようで俯いて唇を噛んだ。
 
         顔が上げられない、あの目ともう一度向き合う自信がない。
 
         でも、言わなきゃ…
 
         「どうしたの、こっち、見て」
 
         緊張やパニックは伝染するんだと聞いたことがある。
 
         きっと彼にもあたしの全身を襲う震えが、うつってしまったんじゃないんだろうか。
 
         頬の触れる指が微かに揺れていて、声も心なしか弱々しく力がなかった。
 
         柔らかな、麻薬みたいな声。ゆっくりと、あたしの記憶に落ちていく。
 
         また一つ、彼を知る。
 
         「あ、たし…」
 
         意を決して、ゆるりと頭を巡らせる頃には、勢いがついていた。
 
         どうせ、ここにいるのはホントの自分じゃない。女としてできうる限り最高の武装をし
 
         たあたし。
 
         お化粧が紅潮した肌を隠すわ。下ろした髪が表情を遮って、取り上げられたメガネがは
 
         っきりした世界を奪う。
 
         ワンピースは戦闘服、指先を飾る淡いマニキュアは滅多に持たない武器。
 
         ほら、今ならホントのこと言えるじゃない。
 
         「あなたが…」
 
         「ストップ!」
 
         割り込んできた無粋な腕に視界を遮られるまで確かに2人しかいなかったのに、いつに
 
         なく真面目な顔した薫さんが邪魔をした。
 
         姪の一大事を!一大決心を!この人は!!
 
         「かお…!」
 
         「後でいくらでも聞く。文句でも、殴ってもなにしても構わんからさ、その続きはカメ
 
          ラの前でやってくれねえ?」
 
         「はぁ?!」
 
         告白を?!一対一だって恐くて勇気が出ないものを、公衆の面前でやれと?
 
         「冗談っ!」
 
         「いや、マジな話。ハルカのその顔が欲しい」
 
         真剣な光を宿した瞳で真っ直ぐこっちを見て、頼むと言うより命令に近い調子なのに否
 
         と言わせない力がある。
 
         生まれて初めて、薫さんのこと格好いいと思っちゃった。ううん、むしろ恐い?
 
         鳥肌が立つほどのカリスマ性、引きつける魅力、結婚までした花ちゃんを尊敬したくな
 
         るほど、強烈な影響力を持つ人。
 
         「心配すんな、彼も一緒に出てもらうからさ」
 
         無言で見上げてたあたしの反応をどう誤解したのか、成り行きについて行けない彼の腕
 
         を取って笑った薫さんは、背後のスタッフを呼んだ。
 
         「あのさ、こいつに白シャツと黒のスリムパンツ履かせて。…あ?カズの助手なんか。
 
          じゃ、自分で探して着替えて来いよ。お前も出演決定だから」
 
         …あたしにも、呆然と返事もできない彼にも、選択権はないようで、プランが決まって
 
         至極ご機嫌になった薫さんは、当人達無視であれこれ指示を飛ばし始める。
 
         背景がどうたら、カメラがどうたら…。
 
         「…なんだ、一体」
 
         近づいてきた秋君の疑問は、こっちが聞きたいって心境よ。なにがどうなったの。
 
         まさか本気じゃないでしょうね?振られるの必須な告白ショーを、やらせる気?
 
         花ちゃんには悪いけど、乙女の純情を売り物にしようってなら、刺すわよ?
 
         今すぐ電話かけて、お父さん呼んじゃうわよ?
 
         背後の不穏な視線からなにかを感じたのか、弾かれたように現場監督は振り返った。
 
         チャンス、ノーと言うの。協力なんかできないって、わからせなきゃ!
 
         「か…」
 
         「まだいたのか?」
 
         …あら…さっきより幾分か声が低いな。…ついでに全身から不機嫌オーラが…?
 
         「早く行けよ。スケジュール押してんだよ、お前待ちなんだよ」
 
         その剣呑な視線はバッチリきっちり、彼に据えられている。
 
         立ちつくしてた被害者にめんどくさそうに手を振って、さっさとしろと偉そうに言って、
 
         再び打ち合わせに戻ろうとした薫さんは、思い出したように彼に聞いた。
 
         「名前は?」
 
         「…工藤、夏来です」
 
         「ふ〜ん。だって、ハルカ」
 
         あたしのために聞き出したとでも言いたいの?恩に着ろって?
 
         面白くない!!
 
         「スケジュールめちゃくちゃにしたの、自分じゃねえか…」
 
         激しく同感よ、秋君。
 
         威張ってられるのは、スタジオで王様な間、だけなんだからね!!
 
         納得できないまま現場を去る彼の後ろ姿を見やりながら、あたしは薫さんに復讐を誓っ
 
         た。
 
         …工藤さんて言うのか…そっか…。
 
         ちょっとだけ感謝はするけど、この後のこと考えたらチャラよ、チャラ!
 
 
 
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