11.sideハルカ
 
        目に飛び込んできたのは、足下の深紅。
 
        遠目でもわかる鮮やかな赤が、彼に振り返るほどの衆目力を与えている。
 
        他の色を排除して濃淡だけでスニーカーを描ききった赤は、ステッチ一本に至るまで妥協
 
        がなく、それが彼の人格を表しているようだった。
 
        さして着崩していない制服が、ネクタイ代わりの布とセットされた短い髪でコレクション
 
        モデルのように見える。
 
        ううん、違う。整った造作の顔形はそこらの芸能人も敵わないほどキレイだから、センス
 
        の良さも、履く人を選びそうな靴もおまけみたいなものなんだ。
 
        納得して、彼方に消える姿を見送った日、あたしは接点のない恋に落ちた。
 
        心臓とシンクロする、小型の発電機を抱いて。
 
 
 
        「やだ、ハルカったらまたそんな恰好して!」
 
        青くんと喧嘩したんだそうなお姉ちゃんは、出戻ってくるなりそう言った。
 
        「…これでも、頑張ったんだけど…」
 
        全身ビラビラ過剰装飾なあなたからしてみればそうかも知れませんがね、ジャージでなく
 
        ジーンズとTシャツで家にいるあたしは結構画期的じゃないだろうか。
 
        と、自己弁護しつつよれた首周りを直すんだから、やっぱり『そんな』恰好なのかもしれ
 
        ない。
 
        心境の変化はもちろん、名前も知らないあの彼が引き起こした現象だけれど、15年間サ
 
        ボっていた女の子としてのスキルアップが1日や2日でできるはずもなく、精一杯が脱ジ
 
        ャージと言ったわけで。
 
        「そう。どうして頑張る気になったのか、理由は聞かせてくれるんでしょ?」
 
        にっこりと表現するにはあまりに黒い笑顔で、お姉ちゃんはソファーの空きスペースを叩
 
        いて見せた。
 
        「…うん、聞いて…」
 
        素直に近づくあたしを心底驚いた表情で見つめるの、やめて欲しい。オプションで怯えた
 
        風に縮こまってるのも、なんかいや。
 
        「大変、憎まれ口が信条のハルカが、壊れちゃったわ」
 
        白魚のようにお綺麗な手を額に当てて熱を測ってみせると、お姉ちゃんは天井を仰ぐパフ
 
        ォーマンスまで追加してくれた。
 
        この一連のイヤミな行動は、普段やりこめられてる報復だとわかるからあえてスルー。で、
 
        取り敢えず相談相手は欲しかったんで、誰にも言えなかった初恋についてわかってること
 
        思ってることを喋り倒した。
 
        登校途中に見かけるだけの人、印象的な服装の人、好きだけど近づく方法もわからなくて
 
        せめて外見だけでもどうにかしてみようと鋭意努力中であること。
 
        「…わかったけど、その結果がこれ?」
 
        だから…ゴミじゃないんだから指先だけで人のTシャツ摘まないで…。
 
        並んで座ってたソファーから1人立ち上がったお姉ちゃんが、腰に手を当てた思案顔でひ
 
        としきり唸る。
 
        その間忙しなく動く視線はあたしの全身をくまなく観察して、しばしの逡巡の後ふるっと
 
        頭を振った。
 
        「だぁめぇ。ハルカはちょっとお洋服変えたら絶対キレイになるけど、私には何着せたら
 
         いいかさっぱりわかんない」
 
        …それはまぁ、わからないよね。
 
        全く持って理解しがたい服装のお姉ちゃんをこちらも一瞥して、同じように諦めに吐息を
 
        ひとつ。
 
        あたしにピンクのブラウスや、ヒラヒラ短いスカートが似合うとは思えない。どこで買っ
 
        てくるのか不明だけど、ゴスロリ(これっくらいは知っている)一歩手前のお人形さんの
 
        ような恰好もできない。
 
        根拠がない訳じゃなく、実体験から知っているのだ。
 
        以前、青くんがおみやげにくれたのがちょうどそれで、純白のお姉ちゃんと対象になるよ
 
        う漆黒のドレスをくれたことがあった。もちろん装着拒否したが周囲から囃し立てられ仕
 
        方なく手を通したものの…リビングが静寂に包まれた後、二度と着ないことを誓ったのだ。
 
        反対する人もいなかったしね…。
 
        「ごめんね、役立たずのお姉ちゃんで」
 
        しゅんとうなだれてしまうと年上のくせに小さな子供みたいで、こっちの方こそ申し訳な
 
        いことをしてしまった気分になる。
 
        落ち込む頭をそっと撫でると、へこむお姉ちゃんにあたしは笑って見せた。
 
        「そんなことない。聞いてもらえただけで、よかった。なんとなく、友達とかには言いづ
 
         らかったから」
 
        「…ホントに?お友達の方がいいアドバイスくれたかもよ。年も近いし…」
 
        「ううん。買い物に引っ張り出されたり、美容院に連れてかれたりするとイヤだから、聞
 
         いてもらうだけでいいんだ。告ればいいとか、言われちゃうとプレッシャーだし」
 
        本音だから、ストンと疑うことなく信じてもらえる。
 
        でも、お姉ちゃんと分かり合えたって、あたしの服装がいきなりまともになったりはしな
 
        いから、やっぱりため息2重奏なのだ。
 
        「…お姉ちゃんて、すごいよね」
 
        ふと脳裏をよぎったのは、幸せそうに微笑む2人。
 
        「え、なにが?」
 
        「青くんを好きで、青くんに好きでいてもらえて、すごいなって。だから、いつもキレイ
 
         なのかな?」
 
        両思いって、特別な魔法なんだろうか。
 
        あたしとよく似た仕草で首を傾げた人は、ずっと昔から同じ男の人を想ってる。そして同
 
        じだけ想われて、現在進行形でそれは継続してて。
 
        うらやましくなるくらい、キレイだ。
 
        キラキラした瞳も、つやつや輝くほっぺも、どんなに大変なことも笑顔でこなしちゃうバ
 
        イタリティも、全部青くんがくれるんだろうか。
 
        「あはは、やだ、違うわよ」
 
        本気で聞いてる妹を笑い飛ばして、失礼なお姉ちゃんがふと眼差しを密にする。
 
        強く、自信に満ちた、恋する女の子特有の視線。
 
        「想いが叶ったからキレイになるんじゃないわ、叶えるためにキレイになるの。子供でも
 
         大人でも、おばあちゃんになっても、女でいる限り恋した瞬間にキレイは発動するのよ」
 
        「…ホントに…?」
 
        半信半疑ながら問いかけたのは、確証が欲しかったから。それなら、あたしも…?
 
        「ホントよ。だって、ハルカだって可愛くなったわ」
 
        胸を張って、他の誰でもないお姉ちゃんが言い切るならきっと真実。
 
        だって、恋のエキスパートだもの。4歳から真剣恋愛してるんだから。
 
        「うれしい…」
 
        力強く脈動する心臓に小さな熱源が拍車をかけて、初恋に全身の細胞が目覚めた。
 
        どうしよう、自覚が胸を躍らせる。正体不明のわくわくがあたしを満たして溢れていく。
 
        何かしなきゃ、新しい服を選ぶ?化粧をする?なんでもいい、ちょっとでも変わりたい!!
 
        「…でも、目立って進歩はないのよね…」
 
        呟いて、マックスを超えていた熱が急激にしぼんだ。
 
        視線を上げた先では、お姉ちゃんも困った顔で考え込んでいて、2人だけじゃ限界かなっ
 
        て認めざる得ない。
 
        「誰かに、聞く?」
 
        額がくっつくくらい頭を寄せて、何故だか他人がいない部屋で密談はスタートした。
 
        「お母さん?」
 
        「だめだめ、お父さんがすぐに首を突っ込むわ」
 
        「じゃ、花ちゃん」
 
        「忙しそうよ?それに大抵お母さんといるし」
 
        「…ボタンは?」
 
        「秋が口出ししてきそうね」
 
        「いっそ、静?」
 
        「3年くらい落ち込む?あの子、人の幸せ大嫌いだもの」
 
        ここまで話して、ろくな身内がいないと気づいたあたし達は、投げやりな気分を束の間共
 
        有する。
 
        自分を含めて、個性的な人達ばっかり…。他の候補は、
 
        「青くんは、お姉ちゃんに似合うモノ以外興味なさそうだし」
 
        「そうね…」
 
        「ああ、薫さんは?」
 
        忘れてた、一番の適任者。忙しいんで大抵除外するけど、今回はお店を紹介してもらうだ
 
        けでもいいかもしれない。珍しく、使える?
 
        あたしのグッドアイディアに一瞬眉をしかめたお姉ちゃんは、ああっと急に全開の笑顔に
 
        なった。しかもなんだかイヤな予感付き。
 
        「焦ることなかったわね、そう、薫さんがいたんだわ。ね、ハルカ今日は7日でしょ?」
 
        「…うん」
 
        日にちを確認しなくちゃいけない真意がわからないから、楽しそうに微笑むお姉ちゃんが
 
        なお一層不吉なモノに見えるのだ。
 
        どうしたんだろ、何を思いついたの?
 
        「ふふ、もうすぐよ。もうすぐハルカの望みも薫さんの望みも叶っちゃうんだから」
 
        「あたしはともかく、薫さんの望みって…」
 
        「ハルカ〜迎えに来たぞ〜!!」
 
        玄関から聞こえる大声に、これ以上お姉ちゃんに聞くことはないんだと悟った。
 
        答えは、約束もしてないのにあたしを名指しで呼ぶ秋君が持ってるんだろう。
 
        …ちょっと、不安。
 
 
 
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