4.限りなく不安な日常。 
 
 
             遼平は美香を、省吾は結衣を捕まえて、限りなく幸せ。
 
             でもそれは、彼等にとってのみの平和かも知れない。
 
             「やめてってば、遼平!」
 
             のし掛かられて叫ぶのに、返事はない。どころか体を這い回る指は一層エスカレートして、美香の力では
 
             押し戻すこともできないのだ。
 
             「こんな所じゃいつ誰が来てもおかしくないんだよ!」
    
             必死になるにはそれなりの訳がある。
 
             倉本さん家の公共の場であるリビングは、帰宅する両親だって、悪魔な兄省吾だって、必ず顔を出す。
 
             くっついて座るくらいならいざ知らず、コトに至っちゃうには倫理的に問題だと美香は思うのだ。
 
             「出物腫れ物所嫌わずって言うだろ?いちいちお前を2階まで連れてくのが面倒」
 
             ソファーに倒れ込んだ美香の、細いうなじに唇を落として身勝手な恋人はのたまう。
 
             「ことわざの引用間違ってます!」
 
             「あー、そうな」
 
             無駄な突っ込みも意に介さず、セーターの裾から入り込んだ手がブラのホックを外した辺りで、彼女は諦
 
             めに力を抜いた。
 
             こうなったらもう、何を言っても聞きやしない、そういう男だと短い付き合いで身に染みている。
 
             だいたい出逢いからして、強引、わがまま、俺様なのだ、一つ二つの抵抗が何の役にたとう。
 
             「お、今日は素直じゃん」
 
             背後でニヤリと笑った顔が想像できて、視界の隅にあるコーヒーを頭からぶちまけたらさぞ気持ちよかろ
 
             うと思ったのは致し方あるまい。
 
             ホント腹の立つ男。でも、惚れた弱みじゃ仕方ない。
 
             ほだされてなし崩しに一夜を共にしたのが、負けっ放し恋愛のスタートだったのだから。
 
             「お前は猿か」
 
             頭上から振ってきた冷たい声は天の助けか、ただの冷やかしか。
 
             確認のために視線を上げて、美香は凍り付いた。
 
             省吾と、手を引かれた結衣が開け放たれた扉からこちらを伺っている。
 
             男は呆れ顔で、少女は羞恥に頬を染めて。
 
             「…覗きかよ、いい趣味だな」
 
             「恥を知らない輩に意見される覚えはない」
 
             不機嫌極まりない兄弟は視線で一戦交えると、明らかに不利な弟が居住まいを正すという形で決着を見た。
 
             自己中が傲慢に敗北したわけだ。
 
             「で、何の用だよ」
 
             今にも逃げ出しそうな美香を片手で確保しながら、向かいにかける二人を見やった遼平が問えば、こちら
 
             も引いた手を離すことない省吾が眉を上げる。
 
             「自宅に戻るのに、いちいち理由があるか」
 
             お説ごもっとも。頷いた美香だが、省吾の傍らで上の空の結衣が気になった。
 
             「結衣ちゃん、どうかした?」
 
             奈月と二人、妹ができたと可愛がる少女の様子は明らかに変だ。
 
             無邪気で快活が持ち味なのに、自分を見ても飛びつくどころか存在さえも忘れたとでも言いたげな素振り。
 
             まあ、しょっぱなから際どいシーンにぶち当たったのだから仕方ないと言えばそうなのかも知れないが、
 
             平常の結衣ならばあの時点で悲鳴の一つも上げなければおかしいのだ。
 
             「…美香さん、結婚するんですって」
 
             「…誰が?」
 
             感情の籠もっていない言葉に、首を捻って応じる。
 
             「たぶん、私と省吾くんです」
 
             「たぶん?必ずだ」
 
             会話を横取ってふんぞり返りそうな省吾は得意げで、事情を察した美香はため息をこぼした。
 
             数日前、綺麗で悪魔な男の企みを結衣が淡々と説明したのを思い出す。
 
             恐怖の光源氏計画、の全貌。
 
             その時点でさえ、実感のこもらない結衣はしきりに夢だと叫んでいたのに、どうやら現実は厳しかったら
 
             しい。
 
             「今、うちの両親に挨拶してきたんです。おじさん達と一緒に」
 
             休日の昼間、この家がもぬけの殻だったのはそういう込み入った事情があったようだ。
 
             「…喜んだんでしょうね、お二人とも」
 
             遼平と付き合うようになって、頻繁に出入りする倉本家は、いつでも美香を大歓迎で迎えてくれる。
 
             40を過ぎてピンクハウスを愛用する母は、娘が欲しくて仕方のなかった人。
 
             可愛くない息子二人に愛想をつかし、せめて素直な嫁が欲しいと切望するのは父。
 
             どこか抜けてるおっとり美香も、省吾の陰謀で全く手垢の付いていない結衣も、そう言った意味で二人の
 
             理想の娘達なのだ。
 
             人格に著しい欠陥がある息子も、今回の功績だけは褒められたのではなかろうか。
 
             「卒業するまで待って欲しいって粘ったのに、負けちゃいました。今月中には倉本になっちゃいます」
 
             多忙を極める1月。やると言った引かない人達だから、岩にへばりついてでも実現するのは目に見えてい
 
             る。
 
             それにしたって結衣の両親は何をしていたのだろう?娘の様子を見ても、年を考えても、早いんじゃない
 
             かと反対を述べることはなかったのか。
 
             「結衣ちゃんのご両親はなんて?」
 
             一縷の望みをかけて問うたのに、泣き笑いに歪んだ少女は首を振るばかり。
 
             「もしかして…賛成?」
 
             「知らない男にやるくらいなら、省吾くんにもらってもらえって」
 
             確かに理解できなくもないが、だからって18になったばかりの娘にそれはないんじゃなかろうか。
 
             己の現状と照らし合わせると、連れて逃げてあげたいほど気の毒な結衣に、同情で胸を熱くした美香だが、
 
             横から上がった不満の声に背筋を凍らせた。
 
             「自分だけ新婚かよ。ちくしょう、俺も結婚する!」
 
             「ええっ?!」
 
             慌てて見やった顔は、不満ではち切れそうに膨らんで、目は対抗意識でギラギラ輝いている。
 
             「おい美香、今からお前ん家行くぞ」
 
             立ち上がった男に、冗談ではない空気を読み取った美香は、力の限り首を横に振った。
 
             「行くなら親父達を拾ってけ。お前一人じゃ反対されるぞ」
 
             「そうだな」
 
             「省吾さん!」
 
             いらぬアドバイスを投げる兄に、精一杯きつい視線を投げるも効果は皆無で、憐れ美香は結衣と同じ運命
 
             を辿るべく部屋を連れ出されたのだ。
 
             その後奈月の元に、合同結婚式の招待状が届いたとか届かなかったとか…。
 
 
 
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                     ああ?こんなオチだったの?いつの間に… 
                     ゆうい様、訳わからなくなりました(笑)。ごめんなさい。
                     kei様、奇妙な話になりました。遼平は変人です。  
 
 
 
 
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