18.流れてしまえば落ちるだけ。
 
 
           恐怖の人体実験場は、予想通り(?)センセのご自宅やってんけど、予想外なことが一つ。
 
           「いや、かあいらしぃ娘さんやねえ」
 
           「ほんま、英介もたまにはええ働きすんのやなぁ」
 
           このお人等の存在やろ。
 
           ガレージで車が動きを止めると一緒に開け放たれたドアの向こう、満面の笑みでお出迎え
 
           は嬉しい言うよりびっくりでぽけっとしてしまう。
 
           私の顔、きっと目ぇ見開いたまんまやと思うわ。やって、挨拶もナシにじっと観察されて
 
           んのよ?キレイな奥様とステキな院長センセに、センセのご両親に。そら、驚くでしょ、
 
           フツー。
 
           「2人とも、はしゃぎ過ぎんように。僕の計画の邪魔をすると、欲しいもんが手に入らん
 
            ようになりますよ」
 
           茫然自失の私とお二人の間に割って入ったセンセは、意味不明な忠告を与えた後、助手席
 
           に半身を潜り込ませてきた。
 
           「つかまりなさい」
 
           有無を言わせぬ強い口調と視線、それにちょこっと上がった口角がえらい腹立つけどガマ
 
           ン。数分前までこの件に関してはイヤと言うほど争ったし(一方的に私だけが)竦み上が
 
           るほど脅されたから(泣きたいほど恐かった)口をつぐむの。
 
           どうしたってこっちの言い分なんて聞いてくれへんのやもん。病院では車いすいう、便利
 
           極まりないもんが常備されてんのに『こっちの方が早い』て病室からバッチリ目立てる玄
 
           関までお姫様抱っこで移動したんよ、この人は!車いすやろうと抱っこやろうと、時間も
 
           手間もかわらんのに、嫌がらせ?ねえ、嫌がらせ?!
 
           もちろんその後車ん中で、非常識、考えナシ、誤解製造元、と罵ったら明日病院のありと
 
           あらゆるところで交際宣言した上で、責任取って結婚したるといじめられ…もう、諦める
 
           ことにしたの。
 
           今回の強制連行といい、移動方法といい、センセは思い通りにならんとだだっ子みたいに
 
           ならはんのやもん。考えつく限りの嫌がらせを尽くして、イジワル言うて泣かして、こっ
 
           ちが折れるまで頑として譲らん人の相手するだけ時間の無駄。はいはい、て大人ししてん
 
           のが一番。
 
           「…お願いします」
 
           大変不本意ながら首に腕を回して、緊張しつつも体を預ける。
 
           私、重いと思うんやけどちっとも気にしてへんみたいなんよね。お医者様ってひ弱で軟弱
 
           なイメージあったんやけど、密かに鍛えてはったりすんのやろか。
 
           近すぎる顔も不安になるほど鳴り続ける胸も無視で、冷静沈着を装っていた私は(きっと
 
           顔は赤くて誤魔化せなかった、に決まってる)そのフリがいともあっさり消え去るのをゆ
 
           っくり噛みしめていた。
 
           「………おっきなお家、ですねぇ………」
 
           広い庭は芝が青々としてカタログで見るような白いテーブルセットが置かれ、オプション
 
           にしっぽをブンブン振り回す大型犬もついてるから、驚き。もちろん建物も負けず劣らず
 
           巨大な洋館で、私こんなのマンガか豪邸拝見でしかお目にかかったことないんやけど…
 
           お部屋、いくつあんの?
 
           阿呆みたいに見上げるばっかりの顔にふっと笑って、センセは褒められたもんではないけ
 
           どなと呟くと後ろから付いてこられるご両親を振り返った。
 
           「あの人らがなんで一緒におられんのか、この家見るたび僕はわからんようになんのや」
 
           「え?」
 
           上品で素敵なお宅やと思うけど…疑問を差し挟むような作りはしてないわよ?
 
           さっぱり意味がわからないと首をかしげると、耳たぶに唇をくっつけたセンセは低い、低
 
           い声で囁かはる。
 
           「裏、回るとな、日本家屋にしか見えへんの」
 
           え〜!!嘘っ!
 
           ………って、叫ぶと思う?くすぐったい吐息や、悪戯っぽい笑みを見て、そう言うって?
 
           叫ばないわ。正解はね、
 
           「なんで、耳に口つけんの?!こんなエッチくさいナイショ話は、いややぁ!!」
 
           です。人様の腕ん中で暴れたら悪い、思うけど自業自得やしそこはムシ。両手で耳をガー
 
           ドしてできるだけ体離して、ちょっと浮かんだ涙目で睨んだ。
 
           素直に驚きたいのに…もう…すっごい楽しそうな顔して、このお子ちゃまは。
 
           「それは、逆効果や」
 
           これまで聞いたことない甘い、声が。
 
           思わず見とれちゃうくらい、艶っぽい表情で。
 
           全身に鳥肌を走らせる。
 
           どうしよう痛いほど心臓が跳ねて、悪い魔法にかかったように視線がはずせない。
 
           体の末端からセンセに支配されてしまったのか、私の全部は何故か本人の自由にならなく
 
           て。
 
           「恥ずかしがんのも、怯えんのも、僕を喜ばすだけやしなぁ」
 
           ………何者?さっきまで外科のお医者さんと一緒におったはずなんやけど、これホストみ
 
           たいよ?
 
           昼日中から夜行性のセリフを吹き込まれて、脳がオーバーヒートした。
 
           あかん、今どこにいるのかもわからんようになってきた。だんだん近なってくるセンセの
 
           顔を見つめんのが苦しくて、目、閉じてしまって。このままいくと…
 
           「気が逸るんはわかるけど、場所は選ばな嫌われますえ」
 
           揶揄する奥様の声がなかったら、取り返しのつかん過ちを犯すとこやった。
 
           きわどいとこで正気に返って、見つめた現状の恐ろしさ。唇が触れるまで、数センチ。
 
           残念、と口角を上げたセンセは変わらずピンクの光線をまき散らし、すっかり当てられた
 
           私は千載一遇のチャンスを逃したような気になってるから困る。
 
           ……勢いに乗って力の限り流されるんは容易いけど、こんだけいろんなもんに不自由して
 
           へんセンセに本気で相手されるて思われへんのやもん。
 
           物珍しいだけのおもちゃは、飽きたら捨てられんの。で、それに耐えられるほど私は強な
 
           いから、好きになったりしたくない。
 
           「…悪い冗談、やめて下さい」
 
           怒ったふりで顔を背けて、傾きそうになる心を水際で引き留めた。
 
           どんなつもりか、最悪な出会いから自宅に治療ご招待、ご両親とこんにちは、果てはキス
 
           未遂まで、もてあそぶ気にしてはハイリスクな行動の理由はわからへん。
 
           けど、センセの顔から、からかう色が消えることは一度もなかった。
 
           好きも言われてない、ただの医者と患者。
 
           「冗談なんぞ、言わん」
 
           「…嘘」
 
           そんなん、信じられへん。
 
           「嘘やない。さっき、車ん中で言うたやないか」
 
           少し掠れた声が、じわりと胸に染みを付ける。
 
           たまらず視線を上げて見やったセンセは、なんでかちょっと悲しそうに見えた。
 
           「さっき…?」
 
           さんざん苛められた覚えはあるけど、大事なこと聞いた覚えはないんやけど。
 
           首をかしげると漏らされた小さな吐息。それはなんだか、私を責めるように響いて。
 
           「責任とったる、言うたの聞いてへんかったとはいわさんぞ」
 
           ………はい?
 
           「明日内には病院中に触れ回る。僕は香月真彩と結婚します、てな」
 
           えええ??
 
           「すごいいきなりなんですけど…いえ、それ以前にまだ会うて…1週間やそこら?ほんで
 
            いきなり結婚?」
 
           「そうや。真彩かて、僕を憎からず思うてるからここへくんの了解したんやろ?両親も一
 
            緒に住んどる家や言うても未婚の男女が一つ屋根の下暮らすわけやしな、その辺はきち
 
            んとせな」
 
           全く事態が飲み込めない私に得意げに説明して、大事なことをいっぱい飛ばしたセンセは
 
           得意満面でこっちを見はんのや。
 
           文句があんなら、言うてみぃて顔で。山のようにあんに、決まってるやない。
 
           「…あの、それやったら普通、お付き合いして下さいから始めんのちゃいますやろか?な
 
            んでいきなりよう知らん人と結婚せなあかんの?」
 
           驚きも感激も通り越して、呆れしか残らんわ。
 
           頭ええはずやのに、やること全部的はずれ。今かてこれほどわかりやすう説明したにも係
 
           わらず、むっつりふくれていらっしゃる。
 
           「センセ?」
 
           なに考えてはんの、と言外に問えば、意外にもうっすら色づいた頬が彼の輪郭を縁取り、
 
           つっと視線をはずすといささか不明瞭な声で言い訳を紡ぎ出す。
 
           「…悠長なこと言うて、逃げられたらどないすんのや。僕はつまらん人間やし、現に京介
 
            には恋愛オンチていっつもバカにされとるくらいなんやから、本気で欲しい思う女がで
 
            きたら本性ばれる前にがっちり捕まえとくしかないやろ?」
 
           なぁ?…て、本人に同意求められても…。
 
           「危険な行動、ですね。もし私がセンセのこと嫌いやったら、犯罪者として警察に突き出
 
            されますよ?」
 
           そんで、裁判所から命令来たりすんの。半径1キロ以内近寄るべからず、いうて。
 
           その姿想像したらおかしくて、かみ殺しきれなかった笑いが鶏の鳴き声みたいな声になる。
 
           くっくっと、止めなきゃと思うほど肩にまで震えが来て、気が付けば私は遠慮なく笑い出
 
           してしまった。
 
           びっくりの反動がこんなとこに出たんは初めてや。人間驚くほど嬉しいと、笑っちゃった
 
           りすんのやなぁ…。
 
           「…同意は得てる」
 
           「くくっ…は…?んっ」
 
           また、嘘を。
 
           言いかけた唇は、押しつけられた柔らかな感触に閉ざされる。
 
           一瞬わからなかった状況は、視界いっぱいに広がるセンセの顔が教えてくれた。遅れて唇
 
           をはんでいく歯が、撫でていく舌が瞼を引き下げる。
 
           ためらいは雪のように溶けて、腕を再び首に絡めるのにさほど時間はかからなかった。
 
           「真、彩…」
 
           イメージと真逆の荒々しいキスの合間、漏れる声が私を促す。
 
           「だ・め。ちゃんと好き、言うてくれな、あげない」
 
           まだ、聞いてないから。とっても欲しいその一言を。
 
           至近距離で初めて見るふわりと甘い笑み、そして。
 
           「好きや。診察してて、手ぇ出しそうになったんは、お前だけや…」
 
           ホントに、どこまでも、嘘つき。
 
           罵りの声を飲み込んで、やっぱりセンセのキスは何より正直。
 
           「雅俊さん、うち女の子が欲しいんやけど」
 
           「あの調子なら、すぐ生まれるやろ。なに、英介があかんようなら京介がおるしな。北条
 
            家も安泰や」
 
           …外野がいはったことも、ここが外や言うことももうちょっと忘れてよ。
 
 
 
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                     …これでやっと、カレシ2の更新ができる…(泣)。     
                                                 
 
 
 
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