鯉のぼり・フィーバー!

良く晴れた祝日。
水色の大空を山のような鯉のぼりがハタハタハタハタ、のどかに泳いでおりました。
「あんの、馬鹿者がーっっ!!」
「未散、どこ…?」
あからさまな罵声と、不安の中に微量の怒りを含んだ不吉な声を、腹に受けて。
ハタハタハタハタ…トラブルを孕み鯉ははためく。
アーメン。


所変わって。
大自然の雄大さを堪能するにはいささか物足りない里山で、迷っている男女が一組。
「ここ、どこでしょう?」
彷徨わせた視線でぐるり周囲を確認したのは、ミュールにキャミソール、ふわふわスカートと現状にふさわしくないことこの上ない格好で落ち葉を踏む未散と、
「すみません、わかりません…おにぎり食べます?」
彼女の顔ほどもあろうかという巨大おにぎりを差し出しながら、自分の方がよっぽどおにぎりみたいな顔をした男。
その服装は春先だというのにランニングシャツ一枚という、まるで○の大将を彷彿とさせるあまりにも常識はずれなものなのに相対する未散は全く気にならないようだ。
「あ、じゃあ一口下さい。お昼まだなんで、お腹空いちゃって」
脳天気に微笑むと、不気味な物体に躊躇わず指を伸ばす。
かじるのもどうかと、真っ黒な天辺を指先でつまんで少しだけむしるとひょいっと口の中に放り込み、はたっと正面のマンガじみた顔を見つめた。
「えっと、今更なんですけど自己紹介しません?私、松尾未散です」
呼びかけようにも名前も知らないと言うのはこの上なく不便と、不本意ながら相棒となってしまった彼にご挨拶する。
もちろんそれは至極一般的でまともな行動だから、彼の方にも意義はなく。
「あ、山田鯉のぼりって言います。もちろん芸名で本名じゃないですが、そのおかげでお仕事があって今ここにいるって言うか、えっとですね…」
要領を得ない説明を要約すれば、つまり。
最近広まりつつある、不要鯉のぼりを集めてまとめて田んぼやら谷やらにやたらめったら大量に飾る、そんな行為をお祭りとしている地域がある。
たまたまここの地名は『山田』であり、踊りはためくのは『鯉のぼり』であり、お約束な事に5月5日の本日は『山田鯉のぼり祭り』であると。
そしてここからが重要。未散の目の前で締まりなく笑うこの男、実は『芸人』であるらしいのだ!
その名も『山田鯉のぼり』。全国何カ所の『山田』地方で『鯉のぼり祭り』をやっているのかは知らないが、こんなけったいな芸名を持つ男は彼1人であろうし、わざわざ呼んで見せた奇特な自治体もここだけであろう。
といった少しも複雑じゃない理由で彼はここにいて、更には天然ボケ娘未散とよくわからない事情で山道をほっつき歩いている、これが現実。
さて、肝心の2人はと言うと…。
「とにかく!ここにいても仕方ないし、早くお祭り会場へ戻りましょう!」
「そ、そうですね!」
力強く頷いて、更なる山奥へずんずん歩いていった…ようだ。


迷う者があれば捜す者もあるわけで。
「ふふふ…こんな所に缶コーヒーが売ってるわけないじゃない」
言葉とは裏腹に恐ろしい形相で山道を歩く女が1人。
「未散…方向音痴なのに」
その後ろをのんびりと、しかしほんのり不機嫌を撒き散らして進むのは直哉。
一見どころか、どこをどうとってもキャリアウーマンと脳天気大学生じゃでこぼこコンビもいいところで全く釣り合いの取れない組み合わせだが、目的だけはがっちり噛み合っていた。
お互い大切な大切な捜し物があるのだ。
1人は金故に、1人は愛故に。
「ごめんなさい、うちのバカがバカなばっかりにカノジョを巻き込んでしまって」
他人に優しく担当芸人に厳しいマネージャー女史は、申し訳なさそうに背後の直哉に謝罪を述べる。
「いえ…未散も、うっかりだから…」
その上、お人好しで警戒心なんてモノは小指の先ほども持ち合わせていないんだから、2人揃ってプチ行方不明になってる理由は手に取るようにわかった。
数々の目撃証言と照らし合わせて追った彼等の足取りはこうだ。
久々の遠出で過ぎるほどはしゃいでいた未散は、喉が渇いたと人並みを縫って飲み物を買いに行ったまま帰らない。
おむすびがないと夜も日も明けない売れない芸人『山田鯉のぼり』は、珍しく米を喉に詰まらせたと行く先も定まらぬままお茶を求めて掛けだした後帰らない。
いやいや探し始めたマネージャーと、のろのろ捜索していた直哉が出会ったのはそれから10分後。
『あ〜、可愛いお姉ちゃんと丸っこいお兄ちゃんなら教えてやった自動販売機の場所とは真反対の方向に走ってったねぇ』
とうきびを焼いていたおばちゃんは、カラカラ笑って探索者2人の神経を逆撫でしたのだった。
「あの男がまともにできることと言ったら、おにぎり食べることくらいなのよ。他はなんにもできないダメ芸人なの」
それは説明より愚痴に似て、彼女の日頃の苦労が伺えるモノだからさすがの直哉も責める気にさえなれない。
握られた拳が揺れる様子で怒りも疲労も、よくわかるじゃないか。
「………でも、男、なんだよね………」
人畜無害なボケ芸人と、鈍さ世界一邪気のなさが色気のなさに繋がる未散とじゃ、事件どころか間違いも起こらないであろうことはわかる。わかっているが、異性が彼女といるだけで面白くないのだ。
猫の額並みな、心の狭さ…。
「そうね。生物学的には確かにオスよ。だけど性欲があるかどうかは謎ね…」
その言葉を証明するには、あと数分かかる。


山の天気が変わりやすいというのは、定説だ。
今回の遭難にだって、もちろん適用されるからご安心頂きたい。
「ありえないぃ〜」
未散の悲鳴はごもっともで、
「崩れるぅ〜」
山田鯉のぼりの嘆きも当然だった。
バケツをひっくり返したような雨が容赦なく彼等の上に降るから、気合いを入れておしゃれをした未散の服はびしょびしょで、命綱とも言える山田鯉のぼりのおむすびは雑炊一歩手前になる。
緊急措置で駆け込んだ木の下は、うっかりな2人らしく枯れて葉の一枚もついていない始末とくれば、本当は濡れたいんでしょ?濡れたいんだよね?!
…となる。
「直ちゃ〜ん、助けて〜〜」
「反省しますから〜迎えに来て下さい〜〜」
もちろんそんなわけはないから、憐れな子羊ちゃん達は抱き合って最強のパートナーを力の限り呼んでみた。
どこまでも他力本願。いや、己を知っていると言うべきか。
自分たちが無闇にほっつき歩くと更に事態が悪化すると、今更ながら気づいたらしい。
…遅すぎるけど。
「「「あ゛〜!!」」」
「あ〜」
3つの声とワンテンポ遅れた1つの声、やっと出会えたハーモニーは多少の不協和音を含んでいたものの感動的な…
「この、大馬鹿者〜!!!」
ジャンピングニーと怒声に飲み込まれた。
「おぶっ、ぐがっ!!」
山田鯉のぼりの豊満な腹にのめり込んだ膝は、争いごととはまるで縁のなさそうなマネージャー女史のモノで、もちろん一発で終わるわけもなくその後もストレートが数度厚い脂肪にのめり込む。
「うきゃ?!」
「痛そ…」
愛する未散に抱きついていた償いを体にさせようと企んだ直哉でさえも、出鼻をくじかれるその勢い。素晴らしい、恐ろしい。
「顔はやらないわ。だって売り物だもん!」
「顔以外もやめて下さいよ〜」
嬉々としたその様子、打たれ強いその体躯、間違いなく暴力行為の常習と見た。
目の前で繰り返される過激な光景に、未散は心の底から震えたとか。
「な、直ちゃんも怒ってる?あたしにお仕置きする?」
「うん、ちょっと…でも、俺のお仕置きは、これ」
それはもう、傍らのバイオレンスとは対極にあるベリースウィート。
「ん…」
甘い、甘いキスの罰。
「何遍言ったらわかるのよ、あんたはっっ!!」
「ごめんなさい〜!!」
こだまする悲鳴も含め、お後がよろしようで。


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