七夕・ミッシング!

笹の葉流すのも短冊書くのも子供が楽しむイベントだけど、夜になったらやっぱり大人が、しかも恋人同士が楽しみたい と思わない?ね?ね?
だって、年に一度恋人同士が会うのよ。しかも禁じられた恋とか素敵〜天の川〜。
「…お姉ちゃん…目がいっちゃってるから」
まだ薄明るくて星なんて見えやしないでしょ。
そんな風に言って、縁側からあたしを引きはがす紗英は、ロマンの欠片もないんだから。そんなことじゃ、達ちゃんに 呆れられちゃうぞ。
「大丈夫。達哉君は私の上を行くリアリストだもん。そりゃお姉ちゃん…違った、妄想癖のある天然ボケな女の子は 基本的に好きみたいだけど、白昼夢にうつつを抜かす方がやばいって」
「え、あれ?なんで思っただけのことに答えが返ってくるわけ?」
「……声に出してたよ…?」
ホント、いっちゃってるし…。
って、頭抱えることないじゃん!たまのことなんだからさ、もう。
なんて、可愛らしい姉妹の会話はともかく。せっかく晴れ渡った七夕の夜、ちっちゃな笹竹も5色の短冊も浴衣も 団扇も蚊取り線香も用意したんだから、肝心要の直ちゃんを呼んでこなくっちゃ始まらないわよね!
カランと下駄を鳴らして、なぜだか心配げな紗英に行ってきますと手を振って、お隣までの短い距離を一歩踏み出した あたしは、遅ればせながらとんでもない失敗に気付いてしまったのだ。
「直哉、出かけてるよ?」
玄関から顔を覗かせた達ちゃんの、無情な一言。
うっそ〜!あの、出不精な直ちゃんが?つーか、あの人いないとできないんですけど、七夕!!
つまり、どんなものの確保よりまず、直ちゃんを確保しなきゃなんなかったわけよ!
「あ、おい未散、どこ行くの?」
「決まってるじゃない。直ちゃん捜しに!!」
こうして、追いかける達ちゃんの声に手を振って、あたしは走り出したのだ。
………どこに?


まず、最初の証言は商店街のおじちゃんから。
「あ〜1時間くらい前かなぁ。フラフラしてるからどこ行くんだって聞いたら『時計がない』って、あっちいったぞ」
そう八百新さんが指さしたのは、時計屋どころか店さえもない住宅街で、相変わらず意味不明な行動取ってるなぁって、 頭が痛くなったりして。
もちろん普通の神経を持ってれば直ちゃんのおかしな言動に眉をひそめるかも知れないけど、そこは子供の頃から慣れ親し んだ商店街の皆様、相変わらず読めない男だねぇと豪快に笑いとばしちゃうからすごい。
「未散ちゃんも、飽きもせずよく付き合うな、直哉に。疲れないか?」
気遣うってより呆れた調子で問いかけられて、あたし胸を張っちゃったもんね。
「ぜーんぜん、平気。だって、愛があるから!」
で、一瞬の沈黙のあと沸き起こる大爆笑に、膨れちゃうんだ。
お客さんや近隣の店まで巻き込んで起こるこの笑いには、実は慣れちゃってるの。引っ越してすぐから長い片思い期間、 次いでつきあい始めてからもたまに糸が切れたタコみたいになる直ちゃんを捜して、あたしは走り回る。
その度、顔なじみの場所で聞き込みをして大抵同じセリフをぶつけられるんだよね。
『あの男のお守りは大変だろう』って。当然それにさっきと同じセリフを返して、子供の内はませたこと言ってるとウケ、 おっきくなってからは成長してないとウケ、現在は懲りないとウケる。
つまりどう転んでもウケる。
「愛ねぇ、まるで子供を追い回す保母さんみたいだが、まぁこればっかりはな。うん、がんばれ」
何をどう納得したのか。うんうん頷いたおじちゃんは、持ってけと同情たっぷりの目でオレンジを一つくれ、
「諦めるんじゃないわよ」
っと、隣の総菜屋のおばちゃんはコロッケをふたっつ持たしてくれる。
果たして、これは喜んで良いんだろうか?そこはかとない哀れみと、たんまりの笑いを感じるの気のせい?ねえ、思いこ み?
なんて、首を傾げながらも捜索を途中放棄するわけにはいかないから、じゃないからお礼を行って踵を返す。
「うん、何が何でも諦めない!くらくなる前には直ちゃん掴まえるからね〜」
ガッツポーズで走り出したあたしは知らない。
「「「あの子も大概変わってるよね」」」
溜息混じりに商店街の面々がそんな風に呟いていたことを。


過去の行状から察するに『時計がない』と言った直ちゃんはそれを落としたか買おうとしたか、何れかであると思われる のよね。
そんで彼の行動を把握している彼女のあたしとしては、前者であると断言できる。
思い起こせば3日前。急に『腕時計が欲しい』と街を彷徨いだした直ちゃんは、結局商店街の時計屋さんで一目惚れした セイコーのクロノグラフを購入したんである。スポーツどころか動くのも億劫な人にストップウォッチが必要なのかどう かはともかく、ステンレスベルトの真ん中でクリムゾンレッドの文字盤が輝くそのごついディテールが意外なほど直ち ゃんの腕に似合ってて、ドキドキしたから忘れない。嬉しそうに彼が眺めていたのも良く覚えてる。
なのに、なんでなくすかな…。
お昼寝する時に外した?んなわけないか。
汗かくからって外した?いやあれ、5気圧防水だった気がする。
眺めたいから外した?…一番あり得そう。腕につけた状態で見ればいいのに、首が疲れるとか間近で見たいとか訳のわから ない理由を並べては、しょっちゅう留め金を外していたもんね。
「直ちゃん、貴方って人は…」
今日は、大事な日なんだってば!もうすぐ日が暮れちゃうんだってば!


走って、走って、走りましたよ。
公園でしょ、河原でしょ、空き地に、小学校の校庭に、駐車場。
全部全部、直ちゃんの行きつけで好きな場所。見ても見てもいなかったけどね。そうこうするうちに日もとっぷり暮れ、 曇るよって気象予報士のお姉さんが宣言した通り、雲が厚くかかった夜空は光一つさしてない。
もう、家に帰ってるかな。そうだね、もしかしたら。
淡い期待を込めて、携帯を捜して…財布すら持ってないことに気付いちゃった。後生大事に握りしめていたのは、おじちゃ んにもらったオレンジと、おばちゃんに渡されたコロッケ入りレジ袋。
結構歩いたから鼻緒が擦れて痛いんだけど、歩くしかないってこと?実は現在地からお家って優に5分はかかるけど、乗 り越えないと今晩眠ることもできないってこと?
「サイテー…」
つまりわかったのは、既に七夕どころじゃないって現状。
すれ違ったかすらもわからない人物をまだまだ捜すにはあたしの足が限界で、直ちゃんの性格からして時計が見つからない 限り夜が明けても帰ってこない計算で。
「どうしようか、ホント」
はき続けることを諦めた下駄を、カラリと転がし脱ぎ捨てる。
置いて帰るわけにも行かないからイヤイヤつり下げるけど、浴衣はだいぶ着崩れたしきっと髪もぐちゃぐちゃだろうし。
「お空の上同様、あたしもすっかり曇り空〜」
曇天を振り仰いで、哀しく呟いた。
「なんで?」
平坦で感情のこもってない返事があるなんて思わずに。
慌てて振り返った先で、なんでか足下に座り込んだ直ちゃんが首を傾げているのだ。可愛らしく、愛しいお姿で!
「直ちゃん!」
「うん」
飛びついたのを軽々と支え、ひょいっと抱き上げたあたしを覗き込んだ直ちゃんは、あ、泣いてないと訳のわからないこ とを言う。
「泣く?なんで?」
「俺が、いないから?」
「いや、疑問系で返されても…」
「だって、未散、俺がいないと、泣くでしょ?」
「え、う、その」
「泣く、よね?」
「うん…泣く、けど…」
「じゃ、泣かないと」
「ええっ」
「俺、いなかったよ?」
「そうだけど、もう会えたし、泣けないよ」
「…そうか。嬉しいから、泣かない?」
「そう、泣かない」
なんか、酔っぱらいに絡まれている気分なんだけど、あくまで直ちゃんは真剣なのだろうと思う。
だって、顔がマジなんだもん。泣くと可哀相だけど、可愛いから見たかったとか、なんか本気で考えてるっぽいから。
因みにあたし、泣くのはいやよ?だってそんなことしてたら、一年に一度の七夕を楽しみ忘れちゃうじゃない。
明るく元気に、イベントは全力で。これがモットーだからね!
「そんなことより直ちゃん!早く帰らないと七夕終わっちゃう!待ちに待って今晩やっと会えるのに〜」
織り姫と彦星の年イチデートを見ずして、恋人同士の明日はないんだから!
とまぁ、我ながら意味不明な理由で握り拳をかざしたのに、いつもの如く爆弾を投下する彼は。
「え?もう会っちゃった、でしょ?七夕の夜って昨日の夜、だよ」
………はい?え?
呆然としながらそんな決まりがあったっけと傾げた首に、更に追い打ち。
「未散、また、一日間違えた?」
記憶を辿って前回の失敗を思い出したらもう、苦虫を噛み潰した顔で頭を抱えるよりない。
お恥ずかしながら、クリスマスは24日だと豪語して生きてきたし、七夕は7月7日の夜に天の川を捜すモノだと信じて いたのよ、あたし。
クリスマスはね、ほら、落ち着いて考えれば『あ〜25日のことか』と納得もできますが、七夕はずっと間違って覚えて たわ。絶対今晩だと思ってた。
「時計が12時を過ぎたら、7日の0時になる。そこから2時間して、天の川は見頃なんだって」
トンと、一度あたしを腕から降ろした直ちゃんはくるりと背中を向けて、おんぶしてあげるとちょっぴり笑った。
「言われると、そうだね。七夕は昨日かぁ」
浴衣のままそこに乗るのは裾が割れちゃうし少し躊躇ったけど、温かそうで楽そうなその誘惑には勝てず、あたしはえいっ と背中に飛び乗る。
「詳しいね、直ちゃん。七夕なんて、興味なさそうなのに」
調べ物するより昼寝する方が好きな彼が、こんなコアなネタどこで仕入れてきたんだろう?
不思議だなと問えば、簡単だよと呑気な声は答える。
「未散が好きそうだから、調べた。ネットですぐだし」
わ〜あたしのために、嬉しい♪………なんて、言うわけないし。
「なんで、教えてくれなかったの?知らなかったから、今日用意しちゃったのに…」
そう、知ってれば。今日必死で直ちゃんを捜すことはなかったし、こんな間抜けなオチにならなかったのに。
逆恨みだなって思いつつ、悔し紛れに口にしたんだけどね。
「ごめん。昨夜待ってたけど、未散来ないし、七夕はやらないのかと、思った」
素直に謝られちゃうと、自分の子供っぽさが際だってどうにも居心地が悪いのよ。
やっぱ、直ちゃんの方が大人だな。ボケボケしてても、世間ずれしてても、人生の先輩なんだな。
「ううん、あたしこそごめんなさい。事前にお誘いしなかったから、悪いんだもん。反省します」
秘密はもっと周到に調べをつけてからにしよう。素直に頭を下げて、未散は悪くないって励ましてまで貰って、浮上して。
「あ、ちょっと、晴れた」
夜道を行く直ちゃんが、空を見上げる。
「わぁ、ホントだ…」
そこには。雲の切れ間から瞬くとりどりの星が、夏の逢瀬を一歩遅く映し出していた。
白銀に揺れる、天の水面。織女と牽牛が出会う、悠久の流れ。
「一日遅れでも、いいと思う」
目いっぱい首を回してくれた直ちゃんは、ねってまた空に目をやって。
「だね。そう、コロッケ貰ったの。オレンジもあるし、縁側で乾杯したらきっと楽しいよ」
雲間に覗く僅かな煌めきでも、2人で見たらきっと格別。
「うん。じゃ、特急で帰る」
少しだけスピードを上げた背の上で、毎日会えるあたしたちって何げに幸せだなって思った、七夕の夜。


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結局、直はほとんど出ませんでした(笑)。
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