策士、策に溺れる。
 
              世の中がクリスマスでも、社会人はそうではないのだと知った。
 
              …違うな、正確には家にファンタジーが存在しないってコトだ。
 
              お祖父ちゃん達は純和風生活を好むし、近衛氏に至っては昨夜の会話で頭痛を覚え
 
              た。以下、悲しいやり取りをご堪能あれ。
 
              「生クリームとチョコ、どっちが好き?」
 
              「大福かな」
 
              「…じゃあ、ターキーとチキンは?」
 
              「ローストビーフ」
 
              「……家の中にピカピカ光る木があったら、楽しいと思うんだ」
 
              「限りなく邪魔だね」
 
              叫んでいい?ねえ、大声で喚いていい?
 
              そりゃあ、クリスマスがしたいのってちゃんと言わなかったあたしも悪いわよ。
 
              でもさ、二の句が繋げなくなる素敵なタイミングで、ことごとく人の意見を却下す
 
              る近衛氏は、いつにもまして悪魔だったんだもん。
 
              おかげでお母さん直伝のスポンジケーキも、怯えながら入った高級店でゲットした
 
              プレゼントも、虚しく目の前に転がるだけなの。
 
              「信じらんない…」
 
              未練たらしくデコレートした白い塊に、ずっぷり指を突っ込んでみた。
 
              マジパンのサンタが白々しく微笑んでる。シックな包装紙に煌びやかなリボンの小
 
              箱も悲しい。
 
              大抵のご無体も最近は馴れたもので、笑って受け流せる耐性がついてきた。
 
              しかーし!乙女の夢見るファンタジー叩きつぶした罪は重いんだからっ!
 
              どうしてくれよう…。
 
              折しも今年のイブは、狙いすました金曜日。
 
              帰宅途中に出くわすカップルは、ベタベタ張り付いて暑っくるしいったらない。
 
              怒りに任せて飛び込んだ店で、買ってきたのは山盛りの大福。
 
              「そんなに好きなら、吐くまで食べりゃいいじゃない」
 
              皿の上にピラミッドよろしく積み上げていく白い塊は、10や20じゃきかないの
 
              よ。その数50、食えるもんなら食って見ろ!
 
              仕上げに仏間からパクってきたロウソクを、ど真ん中に一本立てて…。
 
              「かーんせい」
 
              ホールケーキにフォークを突き立てながら、意地の悪い微笑みで唇を吊り上げる。
 
              今、5時でしょ?近衛氏が戻るまでにご飯を食べて、ふて寝するには2時間余り。
 
              めんどくさい、ケーキで夕食の代用よ。
 
              バブルバスにのんびり浸かって、ケーキの残骸と縁起の悪い大福をもう一度視界に
 
              入れた時、胃袋の中に片づけられない問題児を発見した。
 
              「どうするよ、コレ」
 
              つまみ上げた軽さからは、想像もつかないお値段のプレゼント。
 
              手編みのセーター作るには根性が足りなくて、安物持たすには相手が悪くて。
 
              初めてカードを使った代物は、口惜しいから見せるのもイヤ。
 
              『ピンポーン』
 
              軽快なチャイムに思考を停止したあたしは、訝しげに掛け時計に視線を投げた。
 
              近衛氏は勝手に入ってくるから違うでしょ、誰よタイミング悪い訪問者は。
 
              頭にタオル巻いて、パジャマって出で立ちだけどセールスは母屋で阻止されるし、
 
              友人は家の所在を知らないんだから身内の誰かに決まってる。
 
              ふくれっ面でドアを開けた先には、ちょっと想定外の人物がいた。
 
              「大嗣兄ちゃん…」
 
              三つ揃いに薔薇の鉢植え持った紳士は、あたしの格好にフリーズしてる。
 
              「なにしてんの?」
 
              「俺よりお前だ。そんな格好で外に出るんじゃない」
 
              柳眉を吊り上げて説教モードなとこ悪いんだけど、まだ家の中だから。
 
              「もう寝るし、身内なんだからいいじゃん」
 
              「いいわけあるか。義兄弟なんて他人だぞ、若い娘がだな…」
 
              「ストーップ!」
 
              大嗣兄ちゃんうるさい。心配してもらうのは嬉しいんだけど、今日はそれを楽しむ
 
              余裕がないのよ。
 
              不機嫌絶好調のあたしに気づいて口をつぐんだ兄ちゃんは、一つ咳払いをすると抱
 
              えてた鉢植えをずいっと突きだした。
 
              「将彦からクリスマスプレゼントだ。早希を家のパーティーに招待するよう母さん
 
               から言われてる」
 
              鉢植えの薔薇…確かに将彦兄ちゃんなら花は切らないからこんな有様になるわな。
 
              1人寂しいイブを過ごしてたからお誘いは嬉しいですよ、でもね。
 
              「行かない。絶対に」
 
              こうなりゃ意地もあるんだい。近衛氏に大福タワー食べさせて、恋愛においてイベ
 
              ントがどれほど重要か理解させるまで、家から一歩も出るもんか。
 
              そっぽを向いたあたしは、説得工作に出ようとする大嗣兄ちゃんにとりつく島を与
 
              えずドアを閉めにかかった。で、気づく。
 
              「これあげる」
 
              証拠隠滅には丁度良いわ。
 
              反射的に出された手のひらに始末に困ったプレゼントを乗せて、もの問いたげな大
 
              嗣兄ちゃんはフェードアウト。
 
              ちょっと反省。浮かれてみんなの分用意してなかったのよね。明日近衛家に忍び込
 
              んで、きっと飾られてるツリーの下に人数分のプレゼントを置いてこなくっちゃ。
 
              お茶会用にケーキをもう一度焼くのも良いわね。
 
              予期せぬ来訪者にもめげず、初志貫徹ベッドに潜り込んだあたしの安眠が邪魔され
 
              るのは、それから1時間もしないうちだった。
 
              「…き、早希」
 
              しつこい呼びかけにいやいや目蓋を上げれば、着替えてもいない近衛氏が心配顔で
 
              で覗き込んでる。
 
              「今何時?」
 
              「8時少し前だよ」
 
              チラリと時計を覗かせた腕に、一瞬で睡魔が飛ぶ。
 
              「これっ!なんで近衛氏が持ってるの」
 
              ひっつかんだ先にあったのは、大嗣兄ちゃんに押しつけたプレゼントの中身だった。
 
              オメガのデ・ビル。近衛氏に似合いそうなモノを捜して、立ち寄った貴金属店で即
 
              決したそれは、10万以上するとんでもないお値段なんだけど、字面が気に入った
 
              の。
 
              デ・ビルだよ?続けて読んだらデビル、悪魔じゃん。ホントはフランス語で「都会
 
              ・街」って意味らしいけどいいの、あたしにはシッポと羽の生えたずる賢い生物が
 
              イメージできたから。
 
              でも、あげる気なかったのに!
 
              「大嗣兄さんにもらったんだ。早希からのクリスマスプレゼントだってね。ありが
 
               とう」
 
              微笑んだ顔が子供みたいに輝いてて、思わずどういたしましてなんて返しそうにな
 
              っちゃうあたしは、惚れた弱み全開のおバカさんなんだろうな。
 
              でも、ここで許しちゃうのは口惜しいのよ。近衛氏はイベント自体無視して通り過
 
              ぎようとしたんだから。
 
              「知らない。クリスマスなんてどうでもよかったくせに」
 
              拗ねてお布団に潜り込んだあたしを、包み込む腕が気障なのよ。
 
              耳元でごめんて謝る声が卑怯なのよ。
 
              「大事な取引があったんだ。内容如何ではいつ帰れるかわからなかったし、下手な
 
               期待を持たせるより近衛の家でパーティーに参加した方が、楽しいんじゃないか
 
               と思ってね」
 
              「…大嗣兄ちゃんが迎えに来たのも計画のうち?」
 
              「そう。まさか早希が断るとは想像もしなかった。仕事帰りにあちらへ寄って、君
 
               がいないのを知った時は焦ったよ」
 
              少しも動揺の見えない口調に、怒りよりもしょうがないなって思えるのは付き合い
 
              が長くなった証拠でしょ。
 
              だって、苦しいくらい締め付けられてる体が近衛氏の心を教えてくれるんだもん、
 
              怒れないよね。
 
              「早希」
 
              呼ばれて鼻先を覗かせた目に、小さな包みが写る。
 
              「あたしに?」
 
              起きあがって受け取った小箱と、聖夜に相応しく邪気のない笑顔を見比べて、そっ
 
              とリボンを外した。
 
              ビロードの小箱から現れたのは、白銀に輝く華奢な台座にハート型のルビーがちょ
 
              こんと乗っている可愛い指輪。
 
              「誕生石はお守り代わりになるって、店員に勧められたんだ」
 
              プレゼントも、誕生日を覚えていてくれたこともすごく嬉しいけど、それよりもっ
 
              と胸が熱くなるのは、年末の忙しい時間を割いてコレを選んでくれた気持ちじゃな
 
              いんだろうか。
 
              普段の悪魔顔を知ってるから、つい過剰なお礼をしたくなるの。
 
              頬にキスを送ると、広い胸に捕らわれて、なんてなんて幸せなんだろ。
 
              だから余計に、アレは言わなくちゃいけないわよね。うん。
 
              「近衛氏ご希望の大福を、たっくさん用意してあるの」
 
              「…え?」
 
              甘いムードが一変、ビミョウに緊張を含んだ素敵な空気が流れて、それは快感。
 
              「ケーキより大福が好きなんでしょ?折角ケーキ焼いたのに、ああもきっぱり宣言
 
               されちゃったんだもん、優しいあたしはわざわざ買いに走ったんだよ?」
 
              だめ押しに小首を傾げて微笑んでみたら、パーフェクト。
 
              いつだって負けっ放しじゃないんだから。特に今日は、クリスマスは、女の子の方
 
              が絶対的に強いイベントなのよ。
 
              返答に困る珍しい近衛氏を、満足気に見やって、胸焼け必須の夕食に向かったのは
 
              それからすぐのこと。
 
              反撃のチャンスを窺っていた魔王様も、無惨に食べ散らかされたケーキを前におと
 
              なしく大福を消費にかかった。
 
              食べ切るには、丸3日使ったけどね。奴にはいい薬よ。
 
 
HOME
 
                  …………オチはともかく、後半はもうなんだかなぁ…。   
                  早希と近衛でラブラブを書くのは辛いです…。     
 
 
 
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送