畑野貢氏、満足す。
 
 
 
             朝7時、畑野の一日は始まる。
 
             控えめな電子音で起床時間を告げる目覚ましを止めて、隣で安らかな眠りを貪る繭に
 
             キスを落としつつ夢から引き戻すのが素敵な朝のスタートだ。
 
             無論、寝汚い彼女がこの程度で起き出すことはなく、
 
             「いい加減目を覚まさないと、吊すぞ」
 
             実に彼らしい囁きでもって、強制的に目蓋を上げさせるのだが、それはまぁ、いいだ
 
             ろう。
 
             「よくないわよ!毎朝毎朝…」
 
             涙目の抗議は却下して、先に進むこととする。懲りずに同じセリフで飛び起きる鳥頭
 
             の相手をする暇は、忙しい彼にはないのだから。
 
             短時間でスープとオムレツ、林檎のジュースを作り終えた畑野は、着替えを済ませた
 
             繭に食事を取らせながらキレイに髪を結い上げていく。
 
             「え、いいよ!悪いし…」
 
             と最初こそ遠慮した彼女も、
 
             「髪にしろ体にしろ、縛るのは好きなんだ」
 
             のセリフに顔を凍り付かせて、以後二度と断ることをやめた。
 
             「ちょっと、都合よく端折らないでよ!その後畑野さんてば「抵抗するなら拘束して
 
              俺の好きにするが、いいか?」って聞いたじゃない!!だから、大人しくされるが
 
              ままになってるのよ」
 
             …細かいことをいつまでも覚えていると、嫌われる、だろう。
 
             ともかく、夜の仕事組は自室で安眠中なので支度を済ませた2人は極力音を殺してマ
 
             ンションを後にした。
 
             途中の駅まで繭の護衛を兼ねて電車に揺られ、一流企業な社内では異例の出世を遂げ
 
             たやり手部長としてそつなく仕事をこなす。
 
             無能な上司に適度なごまをすって自分の企画を通した後は、有能な部下に適度な仕事
 
             を割ふって、成功は君たちのおかげだと盛り上げておけば上でも下でも覚えめでたき
 
             エリート社員が出来上がるわけだ。
 
             …上がったはいいが、そんな生活を続けていてストレスは溜まらないのか?
 
             「溜まりまくりだ、決まっているだろ」
 
             ふんぞり返って偉そうに、本人が言い切るんだから間違いあるまい。
 
             では、わかりきってる気もするが、確認するまでもなくこんなことしてるんだろうな
 
             って理解できるだろうが、ついて行ってみよう。
 
             畑野氏の夜の社交場へ…。
 
             東京都心のとある繁華街。
 
             「なんかいかがわしいよね、この辺」
 
             と呟いてみたかろうが、現状ではムリだ。何しろ街中妖しくて、通り沿いどれもが暗
 
             く官能的な照明で彩られてるんだから。
 
             その中を堂々と歩く畑野が迷いなく目指す店は、地下。王道である。
 
             SMクラブだろうが秘密結社だろうが、狭くて薄明かりしかないこの階段の先にある
 
             と言われれば「合法的な場所ですか?」と問いたくなること請け合いな、店だ。
 
             分厚いマホガニーの扉には店名は愚か、客商売であることを知らしめるものは一つも
 
             ない。
 
             所謂『一見さんお断り』な、ところなのである。
 
             「ようこそ、畑野様」
 
             「ああ」
 
             初老のバトラーに丁重な出迎えを受ける彼は、いわずもがなの常連で…
 
             「主人が待ちかねております」
 
             いや、違う。どうやらオーナーとなにがしかの関係がある、ようだ。
 
             鷹揚に頷いた後、勝手知ったる何とやらずかずか一番奥まで進んで、ノックもナシに
 
             一番上等な部屋に入り込んでしまったのだから。
 
             豪勢な造りの室内は、ヴェルサイユ宮殿から一室丸々拝借してきたようなごてごてし
 
             い作りで、まあその中央に鎮座する人物とは、もう、果てしなく…不釣り合い。
 
             「ずっと、お待ち申し上げておりました…ご主人様…」
 
             薄紅に頬を染めて、衣服と呼ぶにはあまりに露出の高い黒く細い革をまとわりつかせ、
 
             分厚い絨毯にきちんと正座の上に三つ指をつく。
 
             日本から絶滅して久しい、妻が夫を迎えるその姿、感動できないのには正当な理由が
 
             ある。
 
             20そこそこの若い男がやってたら、どうよ?!
 
             「いい子にしていたか、ヨシヒコ」
 
             ひれ伏す主に革靴をさしだしたご主人様は、恭しいキスを両の爪先に受けて満足げに
 
             口角を上げると、幸せに微笑むヨシヒコ君とやらにねっとり深いキスを…した。
 
             「さて、今日はどうしてやろうか…?」
 
             すみません、この先自主規制でお願い致します…。
 
 
 
             甘いんだか辛いんだか、痛いんだか気持ちいいんだか、普通の感覚ではとても計り知
 
             れないディープな時間を堪能なさったご主人様が、現実にお戻りになったのは果たし
 
             てそれから3時間後。
 
             金曜の夜であるのをいいことに思うさま加虐心を満たした畑野は、長い長い息を眠り
 
             を忘れた街に吹きかける。
 
             かわいい奴隷と過ごす時間が、すっかり趣味とストレス解消に成り下がったことがお
 
             かしかった。
 
             性的欲求は人間の本能だ。
 
             彼の場合は自分を慕ってくれる人間を縛り上げ、きつく拘束した上で与える苦痛にど
 
             こまで耐えてくれるのか、自分のために健気に涙を堪えるその仕草に興奮を覚える。
 
             きっとそれは強すぎる独占欲と、他人を信じ切れない未熟な心が作り出した異常な欲
 
             なのだろう。
 
             自覚は、ある。けれど、止められない。
 
             だが、最近の自分はどうだ?すっかり気持ちが落ち着いてしまった。
 
             克巳のアンバランスな性を間近で見つめ、ミオの孤独を理解し、繭を思い切り甘やか
 
             す。3人は誰が欠けることもできない相互関係で結ばれた運命共同体。
 
             人間不信など、一気に吹き飛んだ。無償で与えられる愛情に疑いはない。
 
             ま、だからといってサディスティックを好む性質が無くなるわけではないのだが。
 
             病気じゃあるまいし、人の趣向が治るなんてことはありえないから。
 
             「おいおいな…繭は仕込めばものになるだろう…」
 
             ふふっと不気味な笑みを漏らしたことは、恐がりの彼女には秘密にしておいてやろう。
 
             最近やっと普通に行為に及ぶことなら、できるようになったのだ。ミオにも畑野にも、
 
             2人きりでゆっくりととういう条件付きではあるが。
 
             「一生一緒にいるのに、焦ることはあるまい」
 
             あれも、これも、どれも4人でできたら楽しいと、そうなったら奴隷は必要なくなる
 
             なと、恐ろしい独り言を友に、畑野は皆の待つ克巳の店へ歩みを早めた。
 
 
             同居生活は極めて順調のようである。…若干一名を除いて。
 
 
 
だーくへぶん    
 
 
           
             
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