8.「大丈夫だよ」 ハルカ&夏来
 
 
       もうすぐ来ちゃうのに、どうしよう、どうしよう…。
 
       改めて見れば、あたしのワードローブってどうしようもないほど貧弱。
 
       ジーンズとジャージと、Tシャツとトレーナーと。これ以外ないの?…ないわよね。
 
       だって買った覚えがないんだもん。
 
       「お姉ちゃん…ダメだ、借りに行ってる暇がない…」
 
       待ち合わせは、なぜか家。そう、ここ、この家。
 
       ホントは納得いく服を買ってから会いたかったのに、おせっかい秋君が『ついでがあるから
 
       バイト帰り拾ってやるよ』なんて言って、連れて来ちゃうのよ。
 
       どうしよう、なにを着る?今から買いに行く?間に合わないじゃない…。
 
       何度も、お店に入ったの。魔法をかけてもらった日から1週間、欠かさず洋服を探して歩い
 
       たわ。でも、その度手ぶらで帰ってきた。
 
       相手はスタイリスト見習いをしてる人で、小物一つとっても驚くくらいセンスのいい人で、
 
       どんなモノを見てもそれが彼の隣に似合うと思えなくて。
 
       「でも、一番はあたし…」
 
       キレイに切ってもらった髪と、せしめたバイト代で作ったコンタクトは外見を変化させてく
 
       れたけど、相も変わらぬ服装じゃなんの意味もない。
 
       姿見の向こう、泣き出しそうな顔でくたびれたシャツの女の子が座り込んでいる。
 
       いっそ、逃げてしまおうか…それでせっかく手に入れた恋を失うの?
 
       それは、いや!
 
       悩んで足掻いて、時間は無情に過ぎて、気づけばしつこくあたしを呼ぶ声がする。
 
       「ハルカ〜ハルカ〜!!」
 
       だんだんじれた響きを宿すそれが、恐怖の響きを持って近づいてくるから、取り敢えずベッ
 
       ドに潜りこんだ。
 
       そんなことしても意味はないってわかるけど、隠れたいの、全てから!
 
       「ハルカ!!…っと、なんだ、この部屋」
 
       無神経な従兄はノックもナシに部屋を開けた、らしい。
 
       床を覆う衣類の山に(実際は山になるほど持ってないけど)一瞬怯んだ声を上げて、動きを
 
       止めたようだ。
 
       「やだやだ、入ってこないで〜!!何着たらいいのか、わかんないんだもん!こんなんじゃ
 
        工藤さんに会えないよ」
 
       「…子供か、お前は。いつもの調子はどうしたんだよ」
 
       布団越し、くぐもる問いと返答は、だけどなんの解決も生まない。
 
       しばし双方無言でいて、あたしにとっては息詰まる沈黙で。
 
       僅かのち、足音をさせずに近づいた秋君が、ベッドにギシリと腰掛けた。
 
       布団越し、頭を撫でられる、感触。
 
       「秋君のバカ、バカバカ!どうして連れて来ちゃったの、あたしがジーンズとTシャツしか
 
        持ってないの知ってるじゃない、こんなんじゃどこにも行けないって知ってるじゃない」
 
       八つ当たりだけど、他に怒れる相手がいないんだもん。
 
       自分磨きを怠ってきた16年間を後悔しても遅い。今更、正に瀬戸際でできる事なんてない
 
       のよ。
 
       「大丈夫、だよ。ハルカちゃんは何着てても可愛いから」
 
       一瞬どころか、心臓は一回あの世を見てきたんじゃないかと思うほど長く止まっていた。
 
       で、また今度は血管が切れるんじゃないかってほどハードに暴れ始める。
 
       隣に座っているのは、秋君じゃない。
 
       「工藤…さん…?」
 
       ちょっとだけ持ち上げた布団から、確認した横顔は間違いなく本人だった。
 
       …この部屋、見られたの?…もう、再起不能…。
 
       「出てきて下さい。ね、顔を見せて?」
 
       「…でも…」
 
       「あのね、俺が知ってるのはキレイに作られた君だけなんだ。どんな君も、知りたいのに」
 
       躊躇いを払拭しようと作られた言葉なら、きっとあたしは反応しなかった。
 
       工藤さんの声に本気が見えなくちゃ、ここから出たりはしない。
 
       「はは、暑かった?」
 
       耳まで赤くしてのっそり顔を出した額から、長い指が髪を払う。
 
       「…暑くないです。恥ずかしいこと、言うから…」
 
       間近で微笑む彼の目を見られなくて、逸らした視線に柔らに笑む気配がする。
 
       「恥ずかしくないよ。全部ホントのことです」
 
       …くさいセリフって、言った方より言われた方が照れるから不思議だと思わない?
 
       返答に窮しているあたしを抱きしめて、呑気な声で彼は言う。
 
       「今日は、服を買いに行こうか?君の服は全部、俺が選んであげるよ」
 
       一番欲しかった言葉を、彼はくれる。
 
 
 
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