４．「なんてザマだ」美月＆緑

　

　

　　　　　　　最近、聞きたくない話ばかり耳に入る。

　

　　　　　　　「なあなあ、今度の合コン乃木さん誘えよ」

　

　　　　　　　「それがさぁ、声かけてんだけど、うんて言ってくれないんだよなぁ」

　

　　　　　　　「お前の誘い方が悪いんだろ？騙してもいいから連れて来いよ」

　

　　　　　　　…騙して、だと？

　

　　　　　　　「そうだな〜強制参加とか、言っちゃうか？」

　

　　　　　　　黙って聞いているのも、限界だった。

　

　　　　　　　喫煙室があることも腹立たしいというのに、あまつさえその場で大事な美月を肴にするとは

　

　　　　　　　いい度胸だ。

　

　　　　　　　たかが合コンに、騙してでも連れて行こうとはどう言った了見か聞かせてもらおうじゃない

　

　　　　　　　か。

　

　　　　　　　「…随分楽しそうな相談だな」

　

　　　　　　　安普請のパーテーションをこれまた安っぽいドアで開けながら、女子社員よろしく会話に花

　

　　　　　　　を咲かせた部下を睨みつける。

　

　　　　　　　「あ、課長！助けて下さいよ〜」

　

　　　　　　　立ちこめる紫煙に大げさなほど眉をしかめ、たっぷりイヤミのスパイスも効かせたというの

　

　　　　　　　に…脳天気な部下共め、厚顔無恥にも泣きつくとは。

　

　　　　　　　「何をどう助けろと言うんだ」

　

　　　　　　　一部女子から広まった噂では（主に総務）俺は優しさの欠片もない冷血人間だと言われてい

　

　　　　　　　るようだが、後輩には相も変わらず頼れる先輩として認識されているらしい。

　

　　　　　　　人の顔色も読めない愚か者達が、こぞって身を乗り出すのがいい証拠だ。

　

　　　　　　　「乃木さんですよ、課長の天敵の彼女。ここ一週間ほどで見違えるくらいキレイになったと

　

　　　　　　　　思いません？」

　

　　　　　　　そんなこと得意気に教えてもらわなくとも、お前らよりよく知っている。

　

　　　　　　　「総務じゃ目立たなかったから誰も気に留めなかったらしいですけど、ほら課長とバトって

　

　　　　　　　　たじゃないですか？あの辺から有名になって、言い争いを見に来た男連中が乃木さん可愛

　

　　　　　　　　くなったよな〜って騒ぎ出して」

　

　　　　　　　きっかけはアレか…迂闊なマネをしたもんじゃないか、俺としたことが。

　

　　　　　　　出入り口で鈴なりになった見物人の、何人が美月目当てだったのか、考えるだけで腹が立っ

　

　　　　　　　てきた。

　

　　　　　　　「うちの所属なのに他部署にとられたら恥です。彼女の相手なら自分達は喜んでするって、

　

　　　　　　　　せめてわかってもらいたいんですよ」

　

　　　　　　　いらん世話だ。

　

　　　　　　　「それのどこを俺が助けられると言うんだ」

　

　　　　　　　「ですから乃木さんに合コンに出るように勧めて…いえ、命じてもらえませんか？」

　

　　　　　　　「断る」

　

　　　　　　　言い切ると静寂が狭い室内を満たし、あっけにとられたように男が３人目を見開いている。

　

　　　　　　　頼りになる課長はなんでも言うことを聞いてくれると思っていたか？

　

　　　　　　　時と場合によるな。

　

　　　　　　　口元を皮肉に歪めて美月に聞かれたら怒鳴りつけられそうなセリフを用意した。

　

　　　　　　　さあ、運命のときだ、名実共に彼女を手に入れる大事な一瞬。

　

　　　　　　　「乃木美月は俺の…」

　

　　　　　　　「課長！！み〜つ〜け〜ましたよ！！」

　

　　　　　　　強化プラスチックの薄い壁など壊れるなと確信できるほど、室内は揺れる。

　

　　　　　　　蹴破る勢いで入ってきた美月は般若の面（おもて）で俺だけを睨むと、くつくつと低く笑っ

　

　　　　　　　て両手でがっちり腕をホールドした。

　

　　　　　　　「あなた、一体仕事をなんだと思ってるんですか！もう５分もお客様を待たせてるんですよ？

　

　　　　　　　　それが営業のやることですか、人の上に立つもののすることですか！！」

　

　　　　　　　最早ここに数名の部下がいることなど、取るに足らない問題に成り下がっているだろう。

　

　　　　　　　子供よろしく連行されていく俺は、威厳もなければ少し前までの迫力もない。

　

　　　　　　　「会議が長引いたんだ、仕方…」

　

　　　　　　　「ないわけありません！用のない場所で油を売らなければ充分間に合いました」

　

　　　　　　　「部下とのコミュニケーションは重要だぞ」

　

　　　　　　　「時と場合くらい考えたらどうです？」

　

　　　　　　　派手に言い争いながら進む俺たちが、付き合っていると信じる人間がどこにいると言うんだ。

　

　　　　　　　千載一遇のチャンスを逃すとは…なんてザマだ。

　

　

　

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