26.「だから私は幸せよ」 美月&緑
 
 
       緑さんてば笑っちゃうほどしかめっ面で、さっきからずっと同じ格好なのよ。
 
       「いい加減、諦めたらどう?」
 
       冷めてしまったお茶を入れ替えて促すけれど、返ってきたのは不機嫌なうなり声。
 
       全く、父親ほど手に負えない生き物はないわね。
 
       アスカの時はまぁあの子の年が若すぎたこともあるけれど、3年通った青くんを盛大に殴り
 
       飛ばしてやっと認めたの。
 
       ボタンは連れてきたのが学校の先生で、しかも青くんの会社にお勤めしてたものだからそれ
 
       だけで機嫌が悪くなっちゃって、薫さんより張り切って反対してた。
 
       で、今日のハルカは年齢も22歳、早すぎることもなく相手の男の子も24とお似合いで問
 
       題ないと思ったんだけどね、職業がいけなくて。
 
       スタイリストで芸能関係者。
 
       これは緑さんの天敵と同じ職場なんだから、素直にうんとは言えないわよね。しかも薫さん
 
       と一緒にお仕事することも多いらしいし、元々の出会いにも彼が絡んでるって言うんじゃ尚
 
       更だわ。
 
       でも、夏来くんは本当にいい子だったから。それにハルカもとっても真剣で、二人とも唯一
 
       無二の一人を見つけたんだとわかったから。
 
       「…わかった」
 
       低い一言で認めたけれど、楽しく式の日取りなんて話すのを黙って聞いていたけれど、ホン
 
       トは認めたくなかったのよね。
 
       だって最後に残っていた娘だもの。緑さんが大事に大事に育て上げた、自慢の娘だったんで
 
       すもの。
 
       誰よりも私が、それを知ってる。誰よりも私だけが、その気持ちを分け合える。
 
       「みんな、近くにいてくれるでしょ?」
 
       微笑むとやっと、彼の視線が返ってくる。
 
       「アスカは徒歩5分のマンション、ボタンはお隣の2階、ハルカだって目と鼻の先のアパー
 
        トじゃない」
 
       そう、青くんは若かったアスカを考慮してごく近くにマンションを買ったのだし、ボタンは
 
       花ちゃんの家を2世帯住宅にして同居している(秋くんは男の子だから自立させるんですっ
 
       て)。今度のハルカも夏来君は3男で親の心配はないからって、通りを挟んだ先の新しいア
 
       パートを新居に決めているし、誰一人遠くに嫁いだ娘はいないの。
 
       むしろ結婚を機に孫だなんだとよく頼ってくるようになったんだから、一緒に住んでいた頃
 
       より頻繁に顔を合わせてるじゃない。寂しがるのはおかしいわ。
 
       「何よりあなたには…」
 
       「お前がいる…」
 
       途中で言葉を引き取った彼は、伸ばした腕で私を強く抱きしめた。
 
       子供達に、日々に追われるようになっても、この胸は変わらず私の居場所であなたは大切な
 
       人。お互いにずっとそうでありたいと願い、思った通りに進んでいる今、子供の巣立ちは喜
 
       ぶべきことだわ。
 
       「初めて、二人っきりになれるって考えたらわくわくしない?」
 
       子連れ結婚だったから、緑さんだけを思っていられて時間はとても短かった。
 
       「そうだな。家族を奪われるようで辛かったんだが、美月だけは変わらず俺だけのものだ」
 
       子供が増えても減っても、私たちの核は変わらずそこにあるから。
 
       「やっぱり、私って幸せ者ね」
 
       「いや、お前がいる限り、俺の方が幸せ者だよ」
 
       長く重ねた夜が、愛おしい。
 
 
 
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