23.「いや、実はそろそろ限界」ハルカ&夏来
こういうのは、タイミングなんだとわかってる。
あの日、片桐薫のせいで台無しになった思い出が書き直されるいいチャンスだと言うことも。
でも、だめなものはだめなんだもの。
「待って、お願い…」
抱き寄せられた胸の中でもがいて、触れあう寸前だった唇を遠ざける。
「ハルカちゃん…?」
甘いムードを一気に吹き飛ばして、険悪ムードに突入させた最悪な恋人を、工藤さんは不安
げに見つめても責めたりはしなかった。
俯いてしまったあたしの髪を、なだめるように撫でて大丈夫だと繰り返す。
「ごめん、無理させちゃったかな。抑えが効かなくて、ダメだね」
違う、工藤さんは悪くないの。
狭い部屋の中でくっついてたら、自然とそんな空気が流れるわ。あたしだって一センチでも
近く、貴方の傍にいたいと願うもの。
でも、でも…。
「あの…怖いの。キスも、その先も、何もかも、あたしは初めてだから。工藤さんをがっか
りさせるのが、怖い」
撮影中のどさくさ紛れとは違う。
閉ざされた空間で向き合えば、どこか粗が見えてしまうんじゃないかと心臓が凍り付きそう
な怯えが生まれるの。
きれいな人と付き合ってたって、聞いてるから。大人の女の人だったって、教えて貰ったか
ら、だから…
「…ハルカちゃんは、本気で僕を止めたいんですか?それとも遠回しに煽ってる?」
盛大な吐息と共にきつくきつくあたしを抱きしめて、切なげな呟き。
「え…?」
「何も知らないままでいて下さい。全部僕が教えてあげるから。…神経が、焼き切れそうだ」
奪われる唇は、逃れる術もない。
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