１１．「そんな日もあった」　アスカ＆青

　

　

　　　　　　　クリスマスの度に、アスカの欲しがるモノはなんでもプレゼントしてきた。

　

　　　　　　　小さな頃は背丈ほどもあるぬいぐるみだったのが、ワンピースになり、ルージュになり、成

　

　　　　　　　長を見つめながら可愛い顔が喜びに綻ぶのを見るのが楽しくて、嬉しくて、本当に何でも。

　

　　　　　　　「だから、今年は僕の望みを聞いてくれる？」

　

　　　　　　　５０本の真っ赤なバラの花束に鼻先を埋めていたアスカが、無邪気に頷く。

　

　　　　　　　柔らかな間接照明がたっぷりムードを演出し、二人がけのイタリア製ソファーは潜り込んで

　

　　　　　　　眠りたくなる心地よさで二人を包んでいた。

　

　　　　　　　これらを自宅に用意して、ロマンティックなイブを過ごしたまでは計画通りだ。後は仕上げ

　

　　　　　　　をご覧じろってね。

　

　　　　　　　「いいよ。でも、アスカが買えるモノにして」

　

　　　　　　　２７の立派な社会人が、高校生に高額な品をねだるわけがないのに、そんなこと想像もしな

　

　　　　　　　い彼女の純粋さを僕は愛してやまない。

　

　　　　　　　長い年月をかけ手を変え品を変え守ってきたモノが、結実しているのを眺めるのは良いもの

　

　　　　　　　だ。僕の天使は、変わらず純白。

　

　　　　　　　「簡単なことだよ。ここにちょっと記名してくれればいい」

　

　　　　　　　ぺらぺらの頼りなさなのに、人の人生を簡単に左右してしまう重さを持った紙切れ。

　

　　　　　　　ある男は底知れぬ恐怖を感じ、ある男は底知れぬ幸せを感じる。

　

　　　　　　　「”婚姻届”？」

　

　　　　　　　ほえ？っと首をかしげるアスカを壊れるほど抱きしめたくなる自分が、得体の知れない病を

　

　　　　　　　患っていることなど十数年も前から自覚しているから、いらぬ突っ込みを入れないように。

　

　　　　　　　それと、絶対ロリコンじゃないから。その単語、言うつもりなら覚悟しろよ？

　

　　　　　　　まあ、誰にともない脅しはともかく、１６になったばかりの女の子が一生の一人をこんなに

　

　　　　　　　簡単に決めてくれるかどうか、不安だな。

　

　　　　　　　遊びたい盛り、入学したての高校には僕より魅力的な男は…いないか。だが、目移りしたり、

　

　　　　　　　これ以上の出会いがあるかもしれないと考えることはあるかもしれない。

　

　　　　　　　…まぁ当然、そうならないための根回しは腐るほどしてあるけど。負け戦はしない主義だか

　

　　　　　　　らね。

　

　　　　　　　「は〜い。ペン貸して〜」

　

　　　　　　　ところが、間髪おかずにのほほんと返事をしたアスカはテストの答案用紙に記名するように、

　

　　　　　　　いやそれより更に躊躇なく長い人生を僕に預けようとする。言った本人が驚くくらい簡単に。

　

　　　　　　　「…そんな、単純なモノ？」

　

　　　　　　　なんて言いながら、万年筆を渡すから兄さん達に良い性格だと苦笑されるんだろう。

　

　　　　　　　でも確認はしておかないと。一度手に入れたら、僕は絶対離すつもりないよ？

　

　　　　　　　覗き込んだあどけない顔は、一片の迷いもなく澄んで…恐ろしく可愛い。その人間離れした

　

　　　　　　　愛らし光線を発したままで、

　

　　　　　　　「だってアスカの夢はあーちゃんのお嫁さんになることだもん」

　

　　　　　　　答えるから僕は…きつく抱きしめた小さな体を、少女を、世界で一番愛しいと思うんだ。

　

　　　　　　　渡せない、譲れない、この手にできなければ呼吸さえままならない存在。

　

　　　　　　　「幸せに、するよ」

　

　　　　　　　誰よりも、きっと。

　

　　　　　　　「約束ね、あーちゃん」

　

　　　　　　　確かめ合うキスが甘いから、ホントはずっと酔っていたかった、アスカに。

　

　　　　　　　「お父さん、喜んでくれるかな？」

　

　　　　　　　朗らかなこの声を聞くまでは、最高のクリスマスだと、思っていたんだけどね。

　

　　　　　　　「……あーちゃん？」

　

　　　　　　　軽く揺れる視界に長の物思いから醒めた僕は、不審気に見下ろす彼女を引き寄せる。

　

　　　　　　　あの日から３年。今なら甘い思い出だけど。

　

　　　　　　　「あの後の兄さんとの攻防は…思い出したくもない」

　

　　　　　　　「え？」

　

　　　　　　　アスカが本気で欲しいから、柄にもなく死ぬ気で努力したってのは言えない。

　

　　　　　　　「なんでもないよ」

　

　　　　　　　愛を伝える口づけを何度でも落として。

　

　　　　　　　そんな日もあったと笑える今日が、好きだ。

　　　　　　　　　　　　　　　　

　

　

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