「なぁ、美月」
 
       のんびりと、懐かしむような緑さんの声が聞こえた。
 
       「なあに?」
 
       返しながら私は流れる汗を拭う。
 
       ああ、喉が渇いた。冷たい水が欲しいわね。アスカがいたら頼めるのに。
 
       「確かに俺は、今度は絶対一緒にいるって言い張った」
 
       「そうね」
 
       花ちゃんが止めたのにちっとも耳を貸さなかったわ。
 
       「望み通りここにいる」
 
       「ええ」
 
       額に張り付く髪を優しく掻き上げてくれるあなたが、何を言いたいかくらいお見通しよ。
 
       私の切なる願いでもあるんだから。
 
       「こんなに辛いと思わなかったんだ。俺の責任でもあるのに何もできない、世界一の役立た
 
        ずになった気分だ」
 
       悲観に暮れる緑さんを気遣う余裕なんて、正直ない。
 
       ないけどね、心安らかに決戦に望むには一言なぐさめるべきだと思ったの。
 
       「嬉しかったのよ、私。だけど子供達はパパもママもいなくてきっと不安になってる。どん
 
        なに花ちゃんや青くんがよくしてくれても、あの子達にとっては緑さん以上に頼れる人な
 
        んていないんだもの。どちらの為も思うなら、帰って2人の様子を見てくれないかしら」
 
       ね、と笑うとほんの少し彼の緊張が緩んで。
 
       気持ちはきちんと通じてるから、大丈夫。
 
       「すまんな…」
 
       「もう、気が済んだかしら?」
 
       申し訳なさそうな声に重なって、扉から花ちゃんが顔を覗かせている。
 
       「はい、ハルカよろしくね」
 
       抱いていた赤ん坊を兄に渡すと、妹は賢明にも多くを語らなかった。
 
       私なんてあからさまにホッとしちゃったのにね、さすが。
 
       「美月ちゃん喉乾いたんじゃないかと思って」
 
       持ってきたスポーツドリンクを手渡しながら、まだ立ち去れずにいる緑さんを振り返った花
 
       ちゃんは、切り札を持って退場を促した。
 
       「青くんがね、アスカと一緒にお風呂はいるんですって」
 
       一瞬で表情を硬化させ、風のように消えていった姿を見送りながら、再び襲いきた痛みに眉
 
       根を寄せる。
 
       待って、これだけは彼女に言わなくちゃ。
 
       「ありがとう、花ちゃん。正直男の人は役に立たなくて」
 
       「お産だけはね、兄さんがどんなに優秀でも、邪魔にしかならないわね」
 
       苦笑を交わして、女だけの戦場に私は戻る。
 
       大切なあの人に、新たな家族を届けるために。
 
 
 
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