特別することもない休日、京介は凪子を誘って街へ出た。
 
        部屋に2人、することもなくダラダラしていたら間違いなく暴走するカレシを持つ凪子は
 
        珍しく、掛け値無しに幸せだった。
 
        「平和だね〜」
 
        窒息するほど人が溢れていようと、無為に時間を潰しているだけだとしても、身の危険を
 
        感じずに過ごすひとときはこの上もない穏やかなもの。
 
        「ちぃともそうは思われへんけどな…」
 
        ともすればはぐれてしまいそうな彼女を死守しながら人をかき分ける京介にとって、その
 
        感想は頂けない。
 
        早いところ用事を済ませて、ベタベタいちゃいちゃできる安息の地へ凪子を持ち帰りたい
 
        のが本音だ。
 
        そう、あの大事なことを済ませてしまわなければ…。
 
        想像だけで緩む口元を、彼女が見ていなかったのは幸いだろう。もしばれたら、間違いな
 
        く一月は口を利いてもらえないに違いないのだから。
 
        「あ、ねえねえ、見て北条さん!」
 
        一瞬トリップしていた意識を押さえた、けれど妙に弾んだ声で呼び戻される。
 
        「ん?なんや?」
 
        視線を追った先には高級感溢れるセレクトショップの前、並び立つ男女の姿があった。
 
        「すっごく絵になる人達だと思わない?男の人は綺麗でハイソな感じるする大人〜って雰
 
         囲気なのに、一緒にいる女の子をめちゃめちゃ優しい顔で見てるの。彼女、あたしと同
 
         じくらいの年なのかな?でも彼に全然負けてないで対等に話してるじゃない、堂々とし
 
         てて気後れしてないのには気品すら感じるよね〜」
 
        すっかり夢想にはまって喋り続ける凪子を見下ろしながら、その唇が他の男を褒めたかと
 
        思うと内心面白くない京介なのであった。
 
        で、一方噂された2人はと言えば…
 
        「だーかーらー、こんなのどこに着てくって言うのよ。無駄よ、絶対いらない!」
 
        「僕と食事に行くことを考えれば、必要性はあると思わない?だいたい早希のワードロー
 
         ブにはろくなものがないんだから、少しくらい買い物をしても無駄ってことはないよ」
 
        「ちょっと!それどういう意味?あたしの服が安っぽいって言いたいわけ?」
 
        「そこまでは言ってないよ。品の欠片もないってだけだから、気にしないで」
 
        「尚悪いわ!金持ち感覚で計るんじゃない!一般的な女子高生からしたら普通よ」
 
        「そう?それじゃ早希の趣味が悪いんだ」
 
        「○×△□●!!!!」
 
        とまあ、相も変わらぬ不毛な言い争いをしていたわけで…。凪子が思い描くようなステキ
 
        でこじゃれた会話は成立していなかったんである。
 
        「いいよね〜大人の男の人って余裕があって」
 
        魔王様は獲物をいたぶり倒しているだけなのだが、傍目にはデーモンスマイルが変に湾曲
 
        して写ったようで。
 
        「そうか?俺には底意地悪いオーラが出てるように見えるんやけどな…」
 
        真実を見事言い当てた京介は、冷たい一瞥を貰うハメに陥ったわけだ。
 
        「もう、北条さんてばどうしてそう世の中をナナメに見ちゃうの?」
 
        挙げ句頬を膨らませての抗議を受けて、少々へこむ。
 
        暗雲をまとわりつかせた北条と、未だ的はずれな夢を見ている凪子だが、人混みを縫うよ
 
        うに進んで気づいたら件の2人のすぐ近くまでうっかり歩みを進めていた。
 
        「オーケー、そこまで言うなら一般的な意見を聞いてみようじゃないのよ。ヘイ、お嬢さ
 
         ん、カモーン!!」
 
        折りもおり、近衛の果てしない口撃に爆発寸前だった早希に腕を取られた凪子は、訳もわ
 
        からぬまま憧れ(?)のカップルに挟まれて立つハメになり…。
 
        「おい!凪子をどうするんや!」
 
        「お黙りっ!」
 
        慌てて駆け寄った北条は、鋭い一喝で動きを止めた。
 
        明らかに年下の娘さんに、蛇に睨まれたカエルのように縮こまる男の存在は今、ティッシ
 
        ュペーパー一枚分より薄い。
 
        「すいません、突然。ちょっと質問なんだけど、あたしの服装っておかしいかしら?」
 
        唐突に示された早希の全身は、風に揺れるシースルーのチュニック、細身のロールアップ
 
        パンツにゆったりパーカー、そしてなにより無視できない凄みのある微笑。
 
        「いえ…全然可愛いですけど…?」
 
        雑誌に出てそうなコーディネイトだし、ローティーンの服装として変哲もないものでこれ
 
        以上の答え方を凪子は知らない。
 
        伺い見た少女の顔は満足そうに揺れて、正面の男を得意気に睨みつけている。
 
        「うん、君の意見は尤もだと思うよ。でもね、この僕と歩くのに不足はない?お嬢さん、
 
         質問を変えよう。彼女の服装は僕といてアンバランスじゃない?」
 
        ああ、そして、悪魔の柔らかな脅迫にのぼせ上がった憐れな子羊が1人。
 
        「はい…あなたと並ぶとちょっと…幼い?」
 
        夢見心地の表情を晒して、近衛を見つめる凪子を正気に返したのは、薄っぺらいカレシで
 
        はなく、無念の響きを帯びた唸りだった。
 
        「…汚いわよ、近衛氏っ!自分の容姿を最大限に使うなんてっ」
 
        「ふふふ、己を知っているだけだよ。さあ、観念してこれを試着しておいで」
 
        首元に柔らかなファーを施されたベビーピンクのワンピースは、甘さを纏いながらシンプ
 
        ルなデザインで、一見して早希に似合うとわかる。
 
        「あ、センスいい…」
 
        思わず呟いてしまうほど、恋人を知り尽くしたチョイスに凪子の口からはもう、感嘆の声
 
        しか出なかった。
 
        「ありがとう。でも、君の恋人もきっと素敵な服を選んでくれるんじゃないかな?」
 
        憤懣やるかたないと言った風情の少女を気にもせず、さり気なく早希を促した男は店の奥
 
        へと消えていく。
 
        いいとこなしだった京介と、瞳に星を映した凪子を残して。
 
        「…もしもーし、凪ちゃん?」
 
        ヒラヒラ目の前で振られた手を掴み、自分に無言の要求をしてきた彼女を彼にどうできよ
 
        う。目が語っているのだ、素敵な洋服を選んでくれてと。
 
        瞬きほどの逡巡、そして、敗北。
 
        「…ここで買うんは無理やからな、もうちっと手頃な店に移動しよか?」
 
        「うん!!」
 
        弾むような足取りの凪子に、どうして真実を告げられよう。
 
        京介が一日彼女を閉じこめておく欲求より、目も当てられぬほど色気全開の下着を買う
 
        下心に支配されていたなどと。
 
        いっそ清々しいほどのスマートさで、自分の彼女に余計な一言を残した男を呪っても、も
 
        う遅い。…イヤ、相手が悪い。
 
 
 
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