鈴原ひかる嬢の朝は、近衛大嗣氏のスケジュールチェックから始まる。
 
        「今日は出張も会議も予定にはないのね」
 
        太陽がさんさんと降り注ぐサンルームで優雅に紅茶を啜って微笑む様は、はたから見たら
 
        完璧なご令嬢に間違いない。
 
        しかし、秘書を買収して重役の予定を盗み出し、探偵を駆使して邪魔な女性をことごとく
 
        排除するやり口は立派なストーカー、金と権力にまみれた犯罪者と言ったところだろう。
 
        自覚がないからタチが悪い。
 
        「お嬢様、奥様が本日のご予定をお尋ねですが」
 
        高齢でモーニングの似合う男は見まごう事なき執事。
 
        日本では滅多にお目にかかれない天然記念物だが、成金鈴原家では権威を保つために高給
 
        を出して雇っている。
 
        「あら、お母様が?私になにかご用がおありなのかしら」
 
        可愛らしく首を傾げればフワリと巻き毛が風に揺れる。
 
        (見た目は完璧ですのに…なぜ性格がお悪いんでしょう…?)
 
        ごもっともなモノローグを口に出さないのは、高級執事のプライドがなせる技。
 
        根性がひん曲がってようが、時々目眩を起こしそうな行動を取ろうとも見て見ぬフリをす
 
        るのがプロってもんだ。
 
        「はぁ、本宮物産のご令息とのお見合いがと仰っておいででしたが」
 
        言いよどんだ彼に、氷の眼差しが飛んできたのは見事なとばっちりであろう。
 
        高飛車に鼻で笑ったひかる嬢は、立ち上がると芝居がかった仕草で己の全身を指し示した。
 
        「この私が、あんな男と釣り合いが取れると思って?一流女子大を首席で卒業し、ミスに
 
         まで選ばれた私よ?そこらの成金では役不足」
 
        いえ、あなたも成金じゃありませんか、などとは口が裂けても言えない。
 
        「欠けているものと言えば家柄だけ。ですからどんな殿方が私の美貌を欲しようとも、隣
 
         に並び立てるのは近衛大嗣様以外あり得ない、そうは思わなくって?」
 
        「…ごもっともでございます」
 
        彼にこれ以上のセリフが言えるだろうか?いやしくも主、イヤでも主。個人的に否と心で
 
        叫ぼうが、決して表には出せないのだから。
 
        「お母様にはそう言っておいて頂戴。出かけるわ」
 
        ワガママお嬢様のご意見は絶対で、苦り切った執事の報告を受けた奥様も、言葉なく深い
 
        深いため息を吐かれただけであった。
 
        金持ち社会で25才独身は、既に行き遅れの部類だとは誰もつっこめない。
 
 
 
        「まぁ、大嗣さん。偶然ですわね」
 
        白々しいセリフと、とってつけたような華やかな微笑みに相も変わらぬげんなり顔を作っ
 
        たのはターゲットその人だった。
 
        「アンタのは必然だ…」
 
        呟くような独り言は、過去本人に告げたら店中に響き渡る泣き声を上げられたからで、二
 
        度とごめん被りたいが故の自衛策。
 
        だが言わずにおれない大嗣は、口を付けたばかりのランチから目を逸らした。
 
        「悪いが急ぎの仕事が入っているので失礼する」
 
        今日こそは半分くらい食べたかったのに、ストーカーを避け続け万年食いっぱぐれる昼食
 
        が恨めしい。
 
        「あら、お食事も取れないほどお忙しいなんて大変。よろしければ今度、何か作ってお持
 
         ちしましょうか?」
 
        これまた恒例となった誘い文句に盛大な断りを入れた大嗣は、いっそ将彦を次期社長に推
 
        薦しようかと恐ろしいことまで考えた。
 
        (冷静になれ。弟を人身御供に差し出すなんて隆人じゃあるまいし…)
 
        そんな余計な気遣いをしなければ、平和はすぐにでも訪れるというのに。妙に彼は律儀な
 
        のだ。
 
        「とにかく失礼する」
 
        手つかずに近いステーキに未練はあるものの、欺瞞に紛れた女と一緒にいられるほど神経
 
        は太くない。
 
        足早に店を後にした大嗣を舌打ちしながら見送ったひかる嬢は、とんでもない光景を目に
 
        してしまった。
 
        和服の見慣れない女が、歩道で大切な獲物に走り寄りでっかい重箱を押しつけている。
 
        正確には手渡していたんであって、受け取った大嗣も傍目にわかるほど嬉しそうだがそこ
 
        はあえて無視。
 
        いつの間に知り合ったのか、排除すべき女がまた1人増えている。
 
        「私の申し出は断るくせに、あんな女の施しはお受けになるのね?」
 
        不気味な笑い声に周囲が引くのも気にかけず、携帯を取り出したひかる嬢は憐れな執事を
 
        呼び出して金切り声を上げた。
 
        「和服の女よ!見慣れない貧乏くさい女!大至急素性を調べなさい!!」
 
        …こうして、彼女の極めて犯罪に近いストーカー生活は日々勢いを増して転がっていく。
 
        周囲の迷惑顧みず。
 
 
 
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