『俺、お前みたいな女、嫌いなんだよ』
光景はまるで幻のようで、けれど間違いない現実で。
そうして刻まれた傷は今もあたしの中で、絶えず血を流す。

「拷問ですかって、言うのよね」
痛すぎる失恋を癒す暇も与えられないなんて、あまりの理不尽さに腹も立つって。
高校を卒業して彼の顔を見る機会もなくなり、だいぶ立ち直ったかもとか浮かれた翌日、街に溢れかえったポスターに 再び苦しめられる羽目となった。
あの頃より大人びた顔して名の売れたバンドのギタリストに収まった、工藤冬深(ふゆみ)
その整った顔が嫌悪に歪んだことを、あたしは忘れない。どうしてあんな風に嫌われてしまったのか、どれだけ考えても 答えは出なかったけれど、彼の中で『カノジョ』が1日にして『最低女』に変貌を遂げたのは事実で、あの後どんなに 頼んでも二度と口をきいてくれることはなかったから、消化不良な恋心はいつしか身のうちで毒を孕んでしまった。
もう3年もたつのに、あたしは新しい恋ができない。怖くて、恐くて。
「それ、欲しいの?」
笑いを含んだ声をかけられて、はじかれたように顔を上げた。
まずっ!ついうっかり往来で物思いの耽っちゃったじゃない!しかもここ…花屋さんの真ん前だし!!
「え、あ、絶対いりません、こんな呪いグッズ!それより、すいませんでした営業妨害してしまって。では!」
振り返った先でエプロン姿だった女性がすぐにお店の人だってわかったから、質問に速攻答えて全力でダッシュする気で いたのに、あたしは不覚にも捕まってしまったのだ。思いの外、力強い腕に。
「ううん、全然大丈夫よ。それより、どうして彼らのポスターが呪いグッズなのか、そっちに興味があるわ」
俗に、花のようだと評される笑顔を、生で見ちゃった…。
30代だと思うんだけど、年齢不詳な美人のおねえさん(?)はその美貌であたしを魅了して、あれよあれよという間に どんどんお店の奥に連行してしまう。
勧められた小さな椅子と手渡された暖かいミルク。
「いきなり振られたんです、訳もわからず」
で、どうして見ず知らずの人に暴露してるかな、自分…。
それはもう、目の前の花さんが醸し出す雰囲気と、マイナスイオン満タンなお店の空気に酔っぱらっちゃってたとしか 思えない事態なわけで。友達にさえ言えなかった冬深の冷たい言葉まで気づけば洗いざらい、告っちゃってのだ。
「うーん…何かありそうだけど、3年も前のことじゃ本人に聞くしか調べようがないわね」
「そうなんですけど、もう知りたくないっていうのもあるんです。これ以上痛い目見るのは、正直嫌なんで」
親身になってくれる花さんには悪いのだけれど、努力が徒労に終わる日々があたしを臆病にしてしまっていた。
我ながら捨て身の頑張りをしたのよ?学生時代はね。真冬に彼の家の前で何時間も待ち伏せたり、手紙を何通も 書いて机に入れたし、会うたびに声をかけた。全部無視されちゃったけどね。
てか、ちょっとキモイ行動とってるな、自分…。
でも、そんな日が二月も続けば、たいていの人は諦める。諦めなくちゃ、忘れなくちゃ、生きていけなくなる。
あたしの場合幸いなことに疲れ果てたころ卒業式がやってきたんで、無理矢理にでも立ち直れたのだけど。
もしも、彼が話してくれると言っても、今更聞きたくはない、のだ。
この上どれほどあたしが彼を傷付けたのか並べ立てられたら、生きていくのがつらいかも知れないなと思うから。 治っていない傷の上になにも毒を振りまくことはない。
「随分後ろ向きな考え方だけど、私も同じように思ったことはあるもの、理解できるわ」
「えっ、花さんが、ですか?」
「そうよ」
どうしてと、不思議そうな彼女にあたしの方が不思議だ。
どこからどう見ても美人で、癒しオーラばりばりの聞き上手で、赤の他人にも親切で優しい人が、マイナス思考に囚われ るとかあり得ない。
現実にそんな風に花さんを悩ませる男がいるとするなら、どれほど上等な人間なんだそいつって思う。
「…それ、ダンナさんですか?それとも、過去の恋?」
「ダンナ様と、恋人ですら無かったことのことよ。ふふ、八衣(やえ)ちゃんと同じね」
ほら、口をついたのは下世話な好奇心だったのに彼女は微笑みを絶やすことなくサラリと答えてくれちゃうのよ。
「いえ、全然違うと思います」
めちゃめちゃお会いしたいですよ、ダンナさん。どんな強者なのかじっくり顔を拝ませて貰いたい、是非。
それはともかく、結婚にまで至ってる花さんの恋と、燃え尽きて灰どころかすっかり風に飛んじゃってるあたしの恋じゃ 雲泥の差なワケで、レベル違いすぎです。
「すみません」
「あ、はーい」
話しも逸れたところで、ナイスタイミングのお客さん。
かなりな勢いで浮上させてもらったし、キリも良かったのであたしはその声に便乗させてもらうことにした。
「お仕事中お邪魔して、すみませんでした」
「えっ、あらあら、こちらこそ、引き留めちゃってごめんなさい。また、必ず来てね?」
「はい、必ず」
冬深を思い出すといつも胸に満ちる冷たい重さがその日は無くて、花さんてすごいな、ホントに絶対また来ようと、 夕暮れの商店街を足取り軽く、抜けた。


なんて出会いから、一ヶ月。三日に一度は顔を出すくらい、あたしは花さんと、一緒にお店をやってるんだそうな 義理のお姉さん、美月さんに懐きまくっている。
「こんにちわ〜」
「いらっしゃい」
ひょいっと覗いた先で小さな花かごを作っていた2人は、変わらぬ美貌でにっこり微笑んでくれた。
花と引けを取らない美人姉妹…しかも義姉妹って、どんだけ美人率が高いのかしら、この町。
取るに足らない疑問はともかく、勝手知ったるなんとかで奥へ入り込んだあたしは、そこで感官の声を上げるのだ。
「キレイ〜可愛い〜」
でしょ?と掲げられた掌サイズのそれに、ふんわりこんもり植わっているのは控えめなクリスマスローズ。
八重咲きの白と紫かかった花びらの2色が品良く寄せ植えされて、飾り付けに柊の葉っぱと南天のおまけ付きなんだもん、 トリコロールリボンも嬉しい季節柄ぴったりな一品〜。
「プレゼントにどうかなって。切り花もいいけど、鉢植えならずっとかわいがってもらえるじゃない?」
「小さければさりげなく渡すのにも丁度いいしね。八衣ちゃんもひとつどう?」
「欲しい、買います」
頬ずりせんばかりにしていたあたしにそれを聞くのは愚問ってもので、早速お財布を出しにかかったのに、くすくす笑った 美月さんはだめだめって鞄に突っ込んだ手を押しとどめる。
「女の子なんだから、ギリギリまでプレゼントされる可能性を捨てないの。聖夜って奇跡が起こるんでしょ?」
「局地的にですね。少なくともあたしの周囲ではないと、断言できます」
だから、安心して買わせて欲しいんだけどな。
許してくれそうもない美月さんに媚びを売るのは、本当に無駄な努力で、こうなっちゃった頑固者の彼女はてこでも譲る ものかと、腰に手を当てて臨戦態勢だ。
「わからないわよ。同じ大学に八衣ちゃんを好きな男の子がいるかも知れない、道端で駅で見初められてたら?人の気持ち は見えないんだから、奇跡は世界各地でばんばん起こっちゃうわ!」
ねえ?と振り向かれた花さんも、常とは違う確信めいた微笑みを刷いて頷いて、尚も否定しようとするあたしをやんわり 止めるのよ。
「相手の考えてることがわからないから、誤解が生じるのよね。だから、恐くてもやっぱり向き合わなくちゃ」
誰と、なんて聞く間もなかった。
2人に視線だけで促されて、訳もわからず振り向いた先に答えがいたんだもん。
「…冬深…」
少し冷たい色を宿すその瞳から逃げずに済んだのは、仕組んだ人達がそっと背中を支えてくれたから。
「ガンバレ」
うっ…鋭意努力…します。しますが、相手からさっきにも似た空気が流れ出ていたら、どうしたらいいので…?
チラチラ伺う横顔は無表情で隣にあたしがいることさえ気に障るって風だから、疑問は頭の中をグルグル回るだけで 口をつくことはない。
商店街を早足で抜けながら、どうしてあそこにいたのかとか、花さん達と知り合いなのかとか、まだ…怒ってるんだろうか 、とか。
淀みない歩調の冬深に数歩遅れていきながら、ゆるりと甦る痛みにあたしは眉をしかめた。
そうそう、嫌われてたのよね。訳もわからずある日突然、きっと今でも。このままひよこみたいに後を付けていったって、 口もきかず、きいたとしてもまともな受け答えもしてもらえずってオチがつくのがせいぜい。無駄な努力をするのも、 なんだものね。
このままフェードアウトしちゃおうと歩みを止める。
花さん達のとこには…しばらくいけないかな。でもほとぼりが冷めた頃ダメでしたっていけば、2人ならわかってくれると 思うから。
止まることも振り向くこともない背中を、それでもじっと見つめてしまうのはあたしの未練だ。もう見納めだろうなんて、 しみじみ眺めて静かに踵を返す。
一歩踏み出すたび、じわりと浮かんだ涙はくやしい想いをぽたりと落として、心を少しずつ殺していく。
一粒ごとにたくさんの気持ちが籠もってるって、冬深は一生わかってくれないんだろう。はらはら散る雫が一緒に、 諦め悪い恋心にまた命を与えるってことも。
…初めて話したのは2年になって、だったな。選択でとった音楽の時間、ギターのコードの押さえ方を近くにいた彼が 教えてくれた、それがスタート。
友達の楽しさが言えない恋の苦しさに変わるまではあっという間で、『女なんて面倒』が口癖だった彼に諦め切れず告白 した2年の終わり、抱きしめてもらえるなんて考えもしなかった。
嬉しくて、幸せで、あんな簡単に終わったことがただ、切なくて。
「待てよ」
強く肩を掴まれ顔を上げて、それがアパート近くの坂道だと理解したあたしは長い夢からするりと抜ける。
目の前の彼はあのころの面差しのままこんなに鮮やかだけど、大好きだった笑顔はもうあたしの為には浮かばない。 彼は思い出の中の人じゃないもの。間違いようもないほど、他人だもの。
「八衣」
呼び声と肩の痛みが、やけにリアルだ。
「いきなり消えるなよ」
不機嫌を映す低い声も、鮮明すぎる過去はフェイクだと叫ぶ。
「ああ…ごめんなさい」
その美貌が硬質であればあるほど人形めいて、たまらずあたしは顔を背けた。
喜怒哀楽激しいよねって膨れたら、身内にだけなって照れ笑いしたことがある。あの時あたしは、自分は冬深に心を 開いて貰ってるんだって自惚れめいた小さな優越感に浸ったっけ。そんな奢りも、彼を怒らせた一因だったんだろうか。
「…泣くくらいなら…泣くほどまだ俺が好きなら、どうして裏切ったんだ。なんで、下らないいやがらせとかした?!」
ぐらぐら揺さぶられて、そうか泣いてたんだっけと思い出すあたしは夢うつつで、現実逃避の只中で。
また、随分おかしな言いがかりをつけられたもんねと、呑気に考えていた。
「裏切りって、ナニ?いやがらせなんて、してないよ」
もしかして、知りたかった理由はそれだったんだろうか。
身に覚えがないんだから、あたしは堂々としていればいいのよね。どこから生じた誤解なのかはわからないけれど、事実 無根であることは断言できるもの。
じっとガラス玉みたいな瞳を見つめ返すと、訝しむようにけれど不安を宿して冬深の感情は揺れて、言いよどみながら疑念 を声にしていく。
「お前が…俺と岩城を二股していて…金本が…お前に叩かれたって…俺と話したって理由で…」
「…誰が言ったの?」
「2人とも…本人達から直接聞いた。お前は…絶対本当のことは言わないだろうって。他にも見たって女子が何人か…」
それだけで、全部わかった気がした。
金本さんは校内に密に結成されていた冬深のファンクラブの筆頭で、岩本君は彼女の幼なじみの男の子だ。一緒に証言 したという女の子は同じ穴の狢、間違いなくファンクラブの面々とくれば仕組まれたことは火を見るより明らかで。
「そう…」
言い訳ることに、どんな意味があるだろう。返らない時間を嘆くことも、信じてくれなかった冬深を責めることも全て、 もう遅すぎる。
「わかった。話してくれてありがとう」
どうしたって残る苦さは知らないフリで、腕を掴んだままだった彼の掌をやんわり払うとあたしは俯いたまま坂道をア パートに向かって上り始める。
「八衣…」
迷って揺れる冬深の声は、どこか遠かった。
呼び止めているのか思わず零れただけなのか、けれど引き留めることはないから彼を残して、歩みはいつしか駆け足に 変わる。
あたしのなにかが冬深を傷つけて嫌われたんじゃなかったことにほっとしながら、本当のことかどうか確認もしてもらえ 無いほど信用されてなかったことに愕然としていた。
やっぱり、傷ついた。冬深ときちんと話したらこうなることはわかってたけど、とんでもない方向から攻撃が来たもん だから少し油断しちゃったわ。
階段を駆け上がり曇る視界からやっとのことで鍵穴を探り当て、扉の内側に飛び込むと一緒にしゃがみ込んで 感情を開放することを自分に許す。
涙は悔しくて溢れ、食いしばった歯の間から零れる嗚咽は様々な罵りの言葉を含んで怒りをじわりと押し出すと、黒く こずんだ澱が僅かずつ昇華されていくようだ。
子供みたいにわんわんと気持ちが赴くままに泣きながら、冬深への恨み辛みでいっぱいな頭の中に湧いた冷静な自分が クスリと笑う。
結局、本人にはなにも言えないままだったなって。むかついてる、許せない、でも、嫌われたくない。恋って、なんて 愚かで…可愛いのか。
気づいたから自分に嘘なんか吐かず、愚かなままでいてやろうって開き直れるってものよ。しつこいといわれようと、 バカだと嘲笑されようと、あたしは冬深が好き。変わらずずっと好き。
もしかしら一度も両思いになったことないのかも知れない。恋人でなくクラスメイトを信じた彼の行動は、それを暗示 しているみたいだから。
じゃあ、片思いね。忘れることもできないほど強烈な。諦めるなんて到底無理な、蟻地獄の気持ち。
「ばーか…ばか、ばか、ばか…ばかっ!」
何度も繰り返しながら止まっていく涙に代わって押さえきれない笑みが、零れた。
ばかは、どっちなんだか…。
『ピンポーン』
ぴくっと反応した肩に、やっぱりばかだと溜息を吐いたのは1人だからできた反応で。
呼び鈴を押す冬深の姿を想像したりするとは、なんともうぬぼれが強すぎる。
一人暮らしを始めてから癖になった確認作業のために静かに魚眼レンズを覗いて…取りあえず固まった。
「ふ、冬深…?」
想像力っていうのは大抵自分に都合のいい白昼夢を見るために使われるものだと、知っている。だけど現実って痛くて 楽しくもないもののはずじゃない?どうして夢見た通りの人がここにいるわけ。
「八衣、いるんだろ?開けてくれ」
静かな声も聞き間違えようもなく、本人なワケで…えっと、その、逃げる?
混乱してるなぁ、思考もとか考えながら背中をドアに預けてみるけど有効な解決策を思いつけるでなく。
「おい、開けろって。出てこいよ」
「む、無理?」
少しの沈黙も我慢できないのか少し苛立って来ている様子に、その場しのぎの返事だけしてみる。
「なんで」
理由なんて掃いて捨てるほどあるっていうのよ。…納得してくれるかどうかは、疑問だけどね。
例えば顔がすごいことになってるでしょ、冬深とはさっき修復不可能であると思い知らされたし、会っちゃうと胸が 痛むとか。
聞こえるかどうかはわからない音量でぼそぼそ並べ立てたそれらはやっぱり通じてないようで、説得を早々に諦めた らしい彼はあろうことか…ドアを思いっきり開けたのよ!
「うわぁ!!」
「きゃぁあ!!」
なんでドアって外開き?!
鍵をかけた覚えがないから当然な結果ではあるけれど、危うく後頭部をコンクリートに叩き付けるところだった あたしは、理不尽な怒りを背中から抱き留めてくれた冬深にぶつける。
「なんで許可無く開けるわけ?!怪我するでしょ、危ないじゃない!」
「そっちこそ鍵くらいかけろよ!女の一人暮らしだって自覚、あんのか?!」
「あーりーまーすー!失礼ね、相変わらず!」
「お前だって生意気なままだろ!ちょっとは変わっとけよ!」
「いや!なんであんたの為に変わんなきゃなんないの!」
「俺の為じゃなく、世間様のためにだっつーの!」
「誰にも迷惑かけちゃいないわよ!」
「…あの、中でやってもらえません?」
いつの間にかつかみ合いすれすれの喧嘩になっていたことに、隣人からの突っ込みが来るまで全く気づかなかったとは… 不覚。
だけど、なにより不覚なのは付き合っていた頃と少しも変わらぬテンションで冬深と話せていてしまったこと、かな。 いや、あれは話すとは言わないのかも知れないけれど、でも、横たわっていた時間などなかったように、同じだった。
そう思っていたのはあたしだけではないようで、なんとも複雑な表情をしてこちらを見ていた視線とぶつかって、互いに 戸惑うのだ。
どうしたものか、と。
「すみません、お騒がせしまたした」
で、どんな場合も有効な手段として、あたしは目の前の問題から順に片づけるという手段に出る。浪人しているんだそうな 男性に頭を下げ、未だに冬深に寄りかかったままの体を引っぺがして立ち上がり、背を向けてこっそり深呼吸を。
中でやれと言われても部屋に上げるのわけにはいかないし、喫茶店とか例のプロデビューを考えるとまずい気がするでしょ、 さてどうしたものか。一体なにをしにきたのか、この人は。
「八衣、あの」
「用件は?」
振り返ることはせず問えば、一瞬の間の後あがる小さな声にうっかり顔を向けちゃったじゃない。
「やっべ…」
「どうしたの?」
しゃがみ込んだ彼の向こうに見える小さな花かごは、
「それ…」
可哀相にひっくり返ってひしゃげたクリスマスローズは、花さんのお店でさっき買おうとしたもので、おおよそ花なんか 育てそうもない冬深が買ったとするなら、あまりに不釣り合いな品だった。
それに、さっきまでは持ってなかった、よね。まさか、まさかだけど。
「あたしに、くれるの?」
わざわざ尋ねてきた彼が持っているなら、自惚れていいのなら美月さんの微笑みが見える気がした。
『奇跡は世界各地でばんばん起こっちゃうわ』
「他に誰がいるんだよ」
怒った口調なのに、振り返った冬深の表情は不安に揺れてる気がする。探っているのは、あたしの気持ち、なんだろうか。 許してくれるか、どうか?そこにある感情は、罪悪感?少しでも好意は、あったりする?
それを聞くのは、すごく野暮な気がして、不器用に唇を歪めた後あたしは倒れた花かごを拾い上げた。
「…ありがとう」
今は、これだけでいいと、思う。奇跡の規模が、わからないから。
瞠目した冬深がふっと真面目な顔をして、ごめんと頭を下げてくれたことが既に奇跡。
もういいよと、許せたことだって。ぎこちなくても微笑み合うことができたことも。
明日のあたし達の関係が知り合いでも友人でも、喧嘩別れしたままの関係でないなら夢みたいに幸せなことだもの。
「お茶くらい、飲んでく?」
手の中の花だけで充分だったから、断られるかも知れないと怯えはしなかった。
吹きさらしの玄関先に起こる強風に首をすくめた冬深は、昔見慣れた片眉を上げる仕草で頷く代わりに肩をそびやかすと 開け放たれた扉の奥、勝手に消える。
「緑茶、希望」
「はいはい」
話すこと、いっぱいある気がするんだけどな。きっとこたつに潜ってお茶を飲んで、あんまり喋る前に彼は帰るんだろう。
あの頃、そうだったように。



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