京介の複雑でもなんでもない心境1
 
 
         女子高生の来る合コン言うのは、食指が動く誘いやなかった。
 
         互いに牽制し合う鬱陶しい女共との縁を、綺麗さっぱり解消したとこやと言うのに、更に独占
 
         欲の激しそうなジャリの相手をする気なんぞ起きるはずがない。
 
         小林が彼女に頼まれたんか知らんが、協力してやる気は毛頭なかった。
 
         「頼むよ、京介。遊び慣れてて、顔がよくて、後腐れなさそうな男なんて、お前しかいないだ
 
          ろ?」
 
         拝み倒されてむかついたんは、初めてやろな。その言われようでは、俺が節操無しにしか聞こ
 
         えんやないか。
 
         会費は小林持ち、断るんも俺の自由いう条件を付けて、タダ酒を飲む程度の軽い気持ちで店に
 
         入ると、くだんの女子高生はすぐにわかった。
 
         真剣な面差しでメニューを睨む、幼い面差しの少女。背の半ばを覆うストレートロングは、艶
 
         を帯びた漆黒で、小ぶりな顔に大きすぎる瞳と、ぽっちゃりした唇の取り合わせが中学生を思
 
         わせる。
 
         薄化粧をしとるように見えるけど、七五三と間違われそうやな。
 
         範疇外−そう烙印を押して、少し離れて座れば相手をする必要もなかろうと考えていた時、背
 
         後から不穏な会話が聞こえてきた。
 
         「どっちだ?」
 
         「派手な方じゃないのか?」
 
         「あの子は相手に不自由してなさそうだろ」
 
         「お子ちゃまの方か…ま、たまにはいいかもな」
 
         「そうそう、手垢の付いてない子だと仕込みがいあるぞ」
 
         忍び笑いを漏らす連中を殴りたくなったのには驚いた。俺にも良心っちゅーやつがちょっとは
 
         残っとる言うことか。
 
         顔のレベルは高いが中身がお粗末この上ないとは、小林の奴なんちゅう基準で男を選んどるん
 
         や、やれやれ。
 
         己も含め、お嬢ちゃんの相手をできる男は、いそうもない。
 
         せめて悪い虫がつかんよう、防衛線を張ってやるつもりで連中より先にテーブルを目指した俺
 
         は少女を覗き込む。
 
         「タコのカルパッチョ食べる。パスタもー」
 
         容姿同様、幼い中身を露呈する甘えた声に、自然と口元が綻んだ。
 
         「なになに?もう注文してるん?」
 
         驚きに見開かれた目と視線が合ったんは一瞬やった。
 
         横手から追いついた連中を確認すると、彼女はそのまま俯いてしまったから。
 
         友人が陽気に挨拶を交わしているのに、流れ落ちる髪に表情を隠したまま身じろぎもしない。
 
         冗談に笑うこともなく、微かに怯えも見て取れる仕草に、たまらず俺は声をかけた。
 
         「どうした?うるさかった?」
 
         できるだけ優しく、まるで保育園児に話しかけるように。
 
         「大丈夫…です」
 
         不安に揺るれる瞳は、場違いな自分を恥じるように、また伏せられた。
 
         ほんま?俺らが来てから急に黙り込んだやろ、もしかして人見知りするんちゃう?」
 
         「いえ、本当に大丈夫です。すいません余計な心配させちゃって」
 
         この辺りで俺の気持ちは、内気な妹を守る兄に変わっとった。
 
         見知らぬ他人の中で、居心地悪そうに身を竦める少女を守ったらないかん。楽しませたらな可
 
         哀想や。
 
         「ならええんやけど」
 
         笑顔でも振りまいたら、ちっとは安心できるんやないやろか。
 
         精一杯微笑むと、チラリとこちらを伺った顔が真っ赤に染まっていく。
 
         そらまぁ、何とも新鮮な光景やった。
 
         顔の良さは自覚があるし、多少優しくしてやれば女が落ちるんも知っている。けど、頬染める
 
         姿見たんは何年ぶりやろか。高校時代には、呼び出して来た後輩が赤い顔して告白いうんもあ
 
         ったけどな、さすがに笑顔一つでこうまで素直な反応は、彼方の記憶や。
 
         …すれたもんやな、俺。
 
         再び俯いた顔を上げさせて、ちょっとでも会話に引き込んだろ思っとった所に最悪のタイミン
 
         グで小林が持ち出した自己紹介。
 
         蒼白になった少女に助け船を出せたのは、経験のなせる技っちゅーやつや。
 
         女喜ばせるんは、得意なんやからこんな時使わんでどうする。
 
         なぎこ、言う名前も覚えたし、タコで籠絡も済んだ。気になるんは上の空な返事と、いかにも
 
         作ってる表情やな。
 
         多少なりと俺に好意を抱いてくれたんはええんやけど、おかげで素のこの子が見えん。
 
         友達と話しとったちっちゃな女の子が、もう一度みたいんやけどな。…カマかけてみるか。
 
         「あ、おもろなかった?」
 
         何の脈略もなく振ってみれば、ビミョウにずれとった視線が絡んだ。
 
         「す、すいません!ちょっと考え事…」
 
         案の定、見開かれた瞳が生返事を証明して、大げさにテーブルに額を預ければ、しどろもどろ
 
         で言い訳を始めている。
 
         長年の疑問て何を考えてたんや…パニくってるんはおかしいんやけど、目の前のいい男を忘れ
 
         去ってたとは、マジでショック受けたぞ。
 
         それでも友人に怒鳴り返したその声が、さっきの作った雰囲気と真逆で笑えた。
 
         これが地なんやろな、元気よくて全く男に免疫無い、大人と子供の間にいる女の子。
 
         …うん、ちょっとおもろいかもしれん。
 
         やからつい、からかってしまった。ホントは知ってた合コンの趣旨をとぼけて見せて、軽い気
 
         持ちで付き合ってみようか、なんて。
 
         本人、えらく否定しとったけど、周りの後押しもあって最後には携番とメアドも押しつけて、
 
         手に入れた新しいおもちゃに俺は上機嫌で帰宅したっちゅうのに。
 
         ……待てど暮らせど鳴らん携帯。ありえんやろ、こんなん!
 
         どんな子でも、俺の番号知ったら喜んで連絡してくんのに、いつ寝る気ぃやってくらいメール
 
         爆弾落とすのに、無視か?!カレシほしないんか?
 
         続く日曜日もいらんメールは入るのに、肝心の凪子からは反応無し。
 
         ついにしびれを切らした俺が小林経由で連絡を取ろうと考え始めた頃、ナイスタイミングで奴
 
         からの着信に携帯が騒ぐ。
 
         「京介って、バカだよな」
 
         「…開口一番、ケンカ売っとるんか」
 
         電波越しでなかったら、蹴りの一つも入れたくなる悟りきった声に神経が尖った。
 
         「凪子ちゃんから連絡ないんだろ?」
 
         にやつく顔が目に浮かぶわ。
 
         「なんで知っとるんや。かすみちゃんから聞いたんか」
 
         「聞かなくてもわかる。凪子ちゃん、京介が付き合おうって言ってから、全く笑わなくなった
 
          の気づいてた?」
 
         「…ああ」
 
         照れ隠しなんやと信じたかったが、傍目にそう見えんのなら、ちゃうんやろな。
 
         嫌われたのかと考えたら、意外にもダメージを受けている自分がいた。
 
         「デリカシーがないんだよ。合コンの席で言ったんじゃ凪子ちゃんのオーケーはもらえないだ
 
          ろ。恋愛初心者だし、かすみの話じゃドリーマーみたいだからね、雰囲気作って段階踏まな
 
          いと」
 
         そない面倒なことできるかっ!…と喉まで出かかった言葉が何故だか声にならない。
 
         どころか脳裏に浮かんだ凪子の顔が、戸惑いと不安で揺れていて、俺の言うたセリフに今にも
 
         泣き出しそうな妄想さえ見せる。
 
         罪悪感で身の置き所がないっちゅうの。
 
         「だーっ!わかった、俺が悪かった!謝るさかいナンバー教えてくれ」
 
         「ダメ」
 
         「即答かいっ!」
 
         人の決心を事も無げに蹴散らして、小林が笑う。
 
         「京介でいいかどうか決めるのは、凪子ちゃんだよ。今回お前に選択権はない」
 
         「せやから謝るだけやって。余計なことは一切言わんから」
 
         「それでもダメ。怒らしたの京介だよ?向こうが声も聞きたくないって時には逆効果だろ」
 
         「ほんならメール…」
 
         「返事来ないとつらいんじゃない?」
 
         確かになぁ…メールでシカトされたんじゃ立ちなおれんかもしれん。いや、女の一人や二人、
 
         嫌われたかて痛くも痒くもないはずや…けど、あのちっちゃい子ぉの顔で『嫌いっ!』て言わ
 
         れてみい、自分が極悪人になった気ぃしてきたわ。
 
         友人にも見捨てられ、すっきりしない週末をやり過ごした月曜日、登録のないアドレスから
 
         届いたメールに俺は複雑な面持ちで小林を伺った。
 
         「…騙されとるんやろか?それとも復讐か?」
 
         浮かれた文章は凪子が書いたモノとは違う、そんな奇妙な確信があった。
 
         「あー、かすみだね」
 
         液晶を覗き込んだ小林も苦笑しているということは、間違いなく本人からではない言うことか。
 
         「でも、アドレスは見覚えないな。携帯だけ凪子ちゃんのものとか」
 
         それはまた、手の込んだことで。
 
         「どうする?」
 
         待ち合わせ場所と時刻をしばらく眺めた俺は、意を決して了解の返信をした。
 
         「本人来とったら可哀想やからな、行く」
 
         「うん、頑張って」
 
         ちぃとも誠意を感じん声に、一抹の不安を覚えながらも俺は駅前で待つ少女に思いを馳せてい
 
         た。
 
         もう一度、会ってみたい。
 
 
闇の正面  闇小説  
 
 
           おわらにゃい…。京ちゃんの心情ってば長いのねん。
           てなわけで、悲しいかな次回へ続くのだ…。
 
         
 
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