39.

ヒデル達に進行方向がばれないよう目くらましの術をかけて、険しい山道に分け入った一行は無言のままひたすら歩き続けた。
常であれば騒々しく人質となった魔術師や、帝国内部のことを質問していたであろうヒナも、連日の行軍と先ほどの予期せぬ 襲撃に疲弊して言葉すらない。
項垂れ機械的に足を動かすことで精一杯、時折踏んだ下草に滑ったり石に躓いてはディールやセジューに支えられていた。
やはりヒナには無理の過ぎる旅だったのだろうか?足手まといでしか、なかった?
そうではない。限界なのは彼女だけでなく、誰にとっても同じだった。
大剣を振り回したヘリオも、多人数相手に術を使った魔術師達も、口には出さないが鉛を詰め込んだような手足がそろそろ重荷 になり始めていたのだ。
「…頃合いだな。休むぞ」
故に、山中に見つけた洞窟前でヘリオがこう言った時、もう少し町から離れた方がいいなどと分かり切った正論を漏らす者は なかった。
入り口に入念な術を施すと奥へ進んだ彼等は、洞窟内へ散って腰を下ろしていく。
「大丈夫ですか?」
へたり込んだヒナを広げた毛布に導きながら、ディールは己の疲労を押して微笑んだ。
「ん、平気。ちょっと眠いだけ」
「では、眠って。僕が護ってあげますから、安心ですよ」
いつのまに彼女の枕元に現れたのか、膝枕をしてやりながらセジューも充分すぎる自己主張をしている。
「余計な真似は結構です。ヒナを護るのは私の仕事ですから」
「おやおや、仕事、ですか。それではイヤイヤ彼女を庇護しているようですね」
「揚げ足取りが、お好きなようで。表現がお気に召さないようでしたら、使命とでも愛情とでも言い換えますよ。どちらに せよ、ヒナの隣は私のものだと言っているのです」
「お前達、元気だな…」
疲れていないのかと言外に問うヘリオは、争う声さえ気に障ると顔を顰めて元凶となった少女を指先で呼ぶ。
「そこは煩いぞ。こっちへ来い」
珍しく、彼なりに気を使ったのだ。
いくらヒナに好意を寄せているが為の暴走だとしても、ゆっくり休みたい時に耳元で騒がれては休むこともできまいと。
「うん」
もちろん渡りに船と、すぐさまヘリオの元に彼女が向かったのは言うまでもない。
「「ヒナ?!」」
無理矢理引き留めることができない負け犬の遠吠えなどなんのその、もそもそ四つん這いで移動したヒナはラダーの隣りに 自分の外套を敷き、ころんと丸まってしまった。
「喧嘩はよくないとか言わないけどさ、神経に障るよ、今日は」
半分夢見心地で、けれど睡眠不足故の機嫌の悪さ全開で彼女は零す。本音を。
反論しようがない男2人が言葉に詰まろうと、地味に落ち込もうと、そのまますぐ寝入ってしまったヒナにはあずかり知らぬ ことで、鬱陶しいと顔を顰めたのは残された傍観者2人だ。
「大の男が、いつまでもうじうじしてんじゃないよ。もう一仕事残ってんだから、シャンとおし」
そう、活を入れたラダーが言う通り、4人にはまだしなければならないことがある。
表情を引き締め、捕らえていた魔術師に一斉に注目した彼等は、まるで見えない戒めなどなかったように優雅に頭を垂れる 彼女の次の言葉を待った。
「お久しゅうございます、殿下。お帰りを心待ちに致しておりました」
微笑みは花の如く純粋で、そこに一片の謀も感じさせない。
「ああ、ティーネも息災で何よりだ」
そして、ヘリオもディールも、ラダーやセジューでさえ彼女が最敬礼して忠誠を示したことになんの不思議も抱いてはいな かった。
「なかなか巧妙に、目くらましに穴を開けていたもんだ。腕が良い」
「境界の魔女にそうおっしゃって頂けるなど、光栄です。私が裏切っていると彼等に感づかれるわけには参りませんでした] ので、随分回りくどい真似を致しました」
「問題ないでしょう。木偶王子以外は気付いていましたからね」
「おい。木偶とはなんだ、木偶とは。ヒナだって気付いていなかったろう」
「僕のヒナと貴方如きを一緒にされては不愉快です。彼女は存在そのものに意味がありますからね」
「あのなぁ、」
「はい、そこまで」
パンッと手を叩いて、無限に続きそうな言い争いを止めたのはラダーだ。
「お前さん方、現状がわかってんのかい?運が悪けりゃすぐにでも殺されるってのに、強心臓なこった」
心底うんざりしたと皮肉るラダーは、視線でティーネを示すと冷たくディールを睨み付ける。
「この子をわざわざ捕らえろと言ったのは殿下、あんただ。某かの目的があってあたしにそう命じたんじゃないのかい? 下らない言い争いしてる暇があったら、さっさと本題にはいっとくれ」
時間がないんだからね。
ぽつりとラダーが零した一言が、皆の胸にずしりと響いた。
どれほど陽気に振る舞おうと、まだ味方はいると己を鼓舞しようと、多勢に無勢であることに変わりはない。
彼等が『夜の娘』を大衆に認めさせようと殺さずの精神を貫けば、敵を一掃するような術は制限を受けるのだし、またその術を 封じることは自然、少人数で戦う彼等を追いつめることにもなる。
圧倒的不利を抱え、目的地まで力ない娘を送り届けなければならない現実は口で言う何倍も困難で、光明さえ見いだせていな い今、最も重要であるのが時間だ。 大隊を統率し素早い移動をすることが難しいことを知っているからこそ、小回りの利く自分たちはより早く動く。 敵が5日で移動するのなら3日で、そうすることで一手でも先に。
「…そうだったな、すまなかった。ティーネ、帝国内が今どうなっているのか教えてくれ」
見やった先の女魔術師を、まだ20を少し越えたばかりの若い彼女を、ラダーが砕いた岩陰に認めた時ヘリオは気付いたのだ。
彼女はファーセオンが送った密使であると。だから、話せる時間を作って欲しいとラダーに無理も言った。
「はい、殿下」
予想は裏切られることがなかった。
頷いたティーネは簡略に、それでいて必要な情報はたっぷりと彼等に与えていく。
王宮内の勢力図、神殿内の混乱、民の熱狂。どれもが呆れるほど明確に一本の意思を示していることは、わざわざ聞くまでも ない。
神殿にいる娘は本物で、ディールさえ戻れば夜は戻る。
「バカなことを」
吐き捨てたヘリオは、彼の娘を見た罪人が何一つ反応を示さなかったことを記憶していた。
ディールを見るなり抱きついたヒナ。
初対面の衝撃が強すぎたからこそ彼は彼女を認めたのではないかと問われれば否定はできないが、だからこそヒナが『夜の娘』 だと主張することもできる。
この夜に飢えた世界で、原罪を負う男に触れる娘はいなかったではないか。
蔑み罵り嫌悪して、ディールを生け贄とすることで昇華してきた憎しみを、抱きしめたのはヒナ1人だ。
そこにどんな意図もないからこそ、彼女は彼を救うのだ。ひいては世界を救うのだ。
「お前は…どう思う?」
安らかな寝息を立てて丸くなる少女を、果たして初対面のティーネがどう捉えるのか、ヘリオは非常に興味があった。
始めから彼女を『夜の娘』として受け入れていた自分たちと、これがそうだと突然提示された人間の違い。それはきっと、 この先ヒナに出会う者達が抱く感情と大差ないはずだ。
「……不思議な…方だと」
慎重に言葉を選んだティーネが僅かに滲ませてしまった、戸惑いが意味するモノを皆理解した。
それは、この世界に生きる人であれば誰しもが共鳴できる感情。闇に染まったディールに迷い無く触れる指と、負に染まら ない微笑み。彼を只人と同等に扱う、ヒナへの戸惑い。
「面立ちは私どもと些か違うようで…異国の民なのでしょうか?けれど、この世界にあって…何故、罪人への憎しみがおありに ならないのか…」
わかりませんと、首を振った彼女の言葉こそ、答えだ。
わからない、そう、わからないのだ。夜を知らぬ自分たちには、ヒナの全てが謎で、希有。だからのこその異邦人で、 予言されていてた希人の証に他ならない。
アリアンサは言ったではないか『夜の娘』がザルダの罪を拭うのだと。
「そうか…それを聞いて、安堵した。ディールを救えぬ存在が、『夜の娘』であろうはずがないからな」
確信を得れば尚、心は揺らがず。
詳細を知らぬティーネに昔語りをしながら、ヘリオはどうあってもヒナに玉を渡さねばならないと決意を新たにした。
「命に代えても『夜の娘』を神殿に送り届ける。ファーセオンに後を頼むと伝えてくれ」
「必ず」
短い別れと、僅かな休息と。
小さな希望を目指して一生に一度の無茶をするのも、悪くない。



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