3.お迎えが美形とは限らない
 
 
 
           「ここ、が?」
 
           草原に建つあばら屋は、希代の魔女が住むとは到底思えない代物だった。
 
           「間違いは無いでしょうね。草原の一軒家、他に建物はありませんし」
 
           近くの、といってもゆうに3時間はかかる街で仕入れた情報は大ざっぱで、かつ正
 
           確だ。他に人家が無いのだから。
 
           『夜の娘』を捜して一月も彷徨った頃、風の噂に有力な手がかりを得た。境界の魔
 
            女が見知らぬ娘を拾ったという。黒髪黒目、どうにも奇妙な言動が目につく彼女
 
            は「夜が懐かしい…」と行商人にこぼした言うのだ。
 
           夜を懐かしむ存在など、ありはしない。闇を失って1000年を数えようと言うの
 
           に、化け物でも無い限り生き証人などいるわけがない。
 
           「ともかく、会ってみませんと」
 
           その身を罪に染めたディールが促すと、ヘリオは頷き意を決す。
 
           「空振りでも、次がある」
 
           声音が慰めの響きを持つのに薄く微笑み、罪人は古い木戸をノックした。
 
           「はい、はーい!」
 
           程なく開いた内からは、果たして望んだ外見の娘が現れ2人の姿に目を留めると
 
           一瞬で凍り付く。
 
           金髪の皇太子からゆっくり移動した瞳が、漆黒のディールの肌で見開かれる様は馴
 
           れた光景。
 
           次にはきっと恐怖と驚愕で…
 
           「いやーん!懐かしい!!」
 
           大げさなほどの抱擁で、歓喜された。
 
           「え…?」
 
           狼狽えたのは遠慮会釈無く抱きつかれた彼の方であろう。
 
           禁忌の存在に視線を合わせる者は、まして初対面で触れる者などありはしない。
 
           「夜、夜ー、夜の色!ラダー、夜が人間になったー!!」
 
           はしゃいで室内に消える娘を止める者はいない…。
 
 
 
           粗末なテーブルに申し訳程度に香りを付けたハーブティ、一脚しかない椅子に腰を
 
           下ろした殿下と脇に佇む従者は、中年魔女に懇々と説教される少女を見るとはなし
 
           に眺めていた。
 
           「…わかったね?」
 
           「はーいー」
 
           「語尾を伸ばすんじゃないよ」
 
           「はいはい」
 
           「二度言うんじゃない!」
 
           ぺろっと出された赤い舌に、こめかみを押さえた吐息で終止符が打たれた。
 
           上がり込んだまではよかったが、いつしか会話は客そっちのけの漫才に変わり今に
 
           至る。
 
           内容は確か、身分あるものに対する対応と初対面の人間に発する言動についてだっ
 
           たような…。
 
           「で、王子様は何しに来たの?」
 
           全く身に付いてはいないようだが…。
 
           溢れる好奇心を素直に除かせた少女に、名を名乗れっ!と激しい突っ込みを入れた
 
           魔女は疲れた顔で呆然とする2人に己と彼女の自己紹介を始める。
 
           「あたしはラダー、境界の魔女だ。で、こっちがヒナ。非常識なバカ娘」
 
           「ひどい言われよう!」
 
           ふくれっ面のヒナをスルーして、ラダーは未だ確かな思考をたどれない男達に軽く
 
           手を振った。
 
           「説明はいらないよ、アンタたちの噂は聞いてるからね。『夜の娘』を探しに来た
 
            んだろ?」
 
           「…そうだ」
 
           数分前まではもちろんその気であったはず。
 
           ようやく大儀を思い出し、居住まいを整えたヘリオにヒナが眉をしかめる。
 
           「ワイルドな王子様かぁ。悪くは無いけど美少年の方が好きなんだよね。タッキー
 
            とか亀梨くんみたいな。お付きの人は綺麗だけど暗い。色目ってより内面からに
 
            じみ出る暗さ?暗黒オーラがとぐろ巻いちゃってんだ。ね、なんか悩みでもある
 
            の?」
 
           吐き出してすっきりしたら陽気な美青年になれるよ!…などと詰め寄られて一体ど
 
           う返せと言うのだろう。
 
           ヘリオは渋面を作って彼の心の内を代弁しているような気になっているし、頼みの
 
           ラダーはあきらめ顔で茶を啜っている。
 
           「ねえ、ってば」
 
           無造作に伸ばされた指が、しっかりとディールの手首を掴んだ。
 
           見上げてくる無邪気な瞳、他者との触れ合いなどとうに諦めた自分にためらいなく
 
           触れる少女。
 
           「そう…ですね。あなたが『夜の娘』なら、この悩みも晴れるやもしれません」
 
           だから、無意識に微笑んでいた。ヘリオにさえ向けることの無かった、陰を纏わぬ
 
           真実の微笑みで。
 
           救って欲しい、それがこの少女であればいい。
 
           「あ、なら大丈夫。だってあたしことみたいだから」
 
           「えぇ?」
 
           あまりにあっけなく肯定されて、ついディールは視線を彷徨わせる。
 
           ヘリオはまさかと驚きに固まり、魔女は眉一つ動かさない。視線を落とした先では、
 
           彼女が得意気に胸を張り、
 
           「夜、知ってるよ。あなたの肌みたいに温かくて、優しい夜」
 
           てらいのない声音に、胸が音を立てる。
 
           頭が軽そうであろうと、常識の欠片も持っていなくても、ディールが少女に恋する
 
           には充分すぎる一言だった。
 
 
 
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