露天風呂・ライアー!闇

借りものの蛇の目傘をさして、レトロなお店でみんなのおみやげを買い終わる頃、外は夕暮れになっていた。
元より一泊二日で来るには距離がありすぎる旅館だったから、未散と直哉はろくな観光もせず瓦屋根の隙間からオレンジ の夕日を見ることとなったわけで。
この後の楽しみと言えば料理とお風呂だけ。出がけに夕食は早めがいいと希望しておいたおかげで、部屋に戻って早々 海の幸満載の懐石を堪能することができた。
「苦しい〜」
限界を超えて食べ過ぎた未散は、お行儀が悪いと思いつつも座敷にコロンと転がる。
「ご満足頂けたなら、よろしゅうございました」
食器を片づけ、布団をのべに来ていた仲居は、そんな彼女に微笑みながらも手際よくシーツを掛けてゆく。
「すっごい、満足です!おいしくて止まらなくてどうしようかと思っちゃうくらい〜」
どうしてもこの感激を伝えたくて、跳ね起きた未散は力説して、やっぱり苦しいと倒れ込んだ。
実際、締めの鯛茶漬けは目が欲しくて胃袋の都合なんて考えずに詰め込んだし、白桃のシャーベットは別腹を呪文の ように唱えて間食したくらいだ。
本気で幸せで、一瞬、達哉に感謝したくなったほどだからすごい。でも、動けない。
「では、腹ごなしに露天風呂に入られたらいかがです?まだ、ご利用になってないんでしょ?」
そう言われて、思い出したのは到着時に見た小さなお風呂で。
「せっかく離れにお泊まりになったんです。ご利用にならないのはもったいないですよ」
これは、ダメ押しだった。女の子は大抵、損をするって事に敏感で、未散だって例外じゃない。 男の人が『めんどうだから、いいよ』ってすましてしまうことでも、欲どうしく享受したくなるものなのだ。
そうして、いったん頭がお風呂と認識してしまうと、一歩も動けないと思っていたくせにそわそわ気もそぞろに窓の 外が気になるもので。
「いってらっしゃい」
チラ見した直ちゃんが、相変わらずの無表情でお見送りしてくれたら、じゃあお先になんていそいそ洗面所へ向かって しまうのだ。
愚かで、学習能力のないうさぎちゃんは。


しとしと小ぶりになった雨と、仄かに瞬く常夜灯に照らされた木々と、障子から漏れ出る明かりと、全てが全て風情が あって美しい夜なのだけれど、闇に響く葉擦れの音はやはりどこか恐ろしいと感じてしまうのは、無防備な姿でお湯に 浸かっているせいなのだろうか。
「どう、しよっかなぁ…」
まだ外へ出てきてそれほど経ってはいない。けれど、なんだか心細いし戻ろうか、でももう少し?と未散は迷っていた。
直哉が一緒にいてくれればきっと、いつにないこの時を楽しめるのだろうけれど、さすがにお風呂に一緒に入るのは まだ恥ずかしくて呼ぶことはできない。
ひとしきり唸って考えて。
「よし…出よう」
明日早起きして、もう一度露天を楽しめばいいと決めた未散は勢いよく立ち上がる。
夜のお風呂という神秘的な響きに多少の未練はあるが、背に腹は代えられるわけもなく、彼女は恐怖よりも安心安全を 選択したのだ。
「…出ちゃうの?」
間の抜けた声で、その判断は一瞬にして覆ってしまったけれど。
「え、えええっ!!直ちゃん、なんで!!」
慌てて小さなフェイスタオルで胸から下を隠しお湯に飛び込んでも、潔く全てを晒した直哉が正面に立っていたのでは 目のやり場に困る。
顔を背けつつ目一杯うろたえて問うと、気分?と疑問系で訳のわからない答えが返ってきた。
女の子が入浴しているところに無断で入ってきて、気分とは何事であろう。例え恋人同士であってもまだ付き合いの浅い 彼等には、そんないい加減な返答が許されるはずもない。いや、許されたりしたら世の犯罪は半減するんじゃなかろうか。
覗きをする度に『気分?』ととぼけた顔で答えればいいのだから。
当然、さすがの未散だって理解できるはずなく、無駄に暴れながら全身で拒否を示していた。
「こ、困るってば!見えちゃうし」
そう、丸見えだ。タオルも持たずに入ってきた直哉の体は、薄明かりにも輝いて未散には本当、よく見える。
だから出て行けと遠回しに言ったつもりだったのだが、
「わかった」
頷いた直哉はストンと、座ってしまったのだ。
お湯の中に。
「ちょ、ちょっと、直ちゃん!なんで?!」
「?だって、見えなきゃ、いいんでしょ」
確かに、闇を反射して黒く霞むお湯の中なら互いの体ははっきり見えないかもしれない。だが、未散が言っていることと 根本的に噛み合っていないではないか。
金魚のように口をぱくぱくさせてなんとか気持ちを伝えようとするのだけれど、動揺に赤くなったり青くなったりついでに 頭はパニックだったり、ちっともまともな言葉を話せなくて。
「あ、こうすると、いい」
そうこうするうちに背中から、直哉の足の間に引っ張り込まれてしまった。
「な、ななななな、直ちゃ〜ん〜」
「俺の体、見えないよね」
顔が見えなくなった時点で、未散の敗北は決まったようなもの。
もしも彼女が直哉の表情を見ていたら、僅かな変化で彼が笑ったのがわかったはずなのに、長い付き合いのがあるとはいえ 、抑揚の乏しい声だけでは内情まで推し量ることはできなかったのだ。
つまり、全ては直哉の企み通り。
大っ嫌いな海にわざわざ出向いたのは、離れで楽しめる貸し切り露天風呂に未散とはいるためで。
道程が遠ければ観光する時間がなくなり、ついでに雨も降っていれば食事と風呂くらいしか楽しみがなくなるというのも 計算のうち。
まあ、未散も海辺に旅行できると喜んでいたのだし、明日の朝、海岸の散歩に付き合えば多少の嘘はチャラになると直哉 は考えていた。…起きられたら、という但し書きをつける鬼畜ではあるが。
ともかく、うっかり騙されてしっかり捕まったうさぎちゃんに、残念ながら逃れる術はない。諦めて大人しく喰われるしか ない運命なのだ。
「未散、柔らかい…」
ふにふに、ふにふに。
「ちょ、や、やだっ」
「すごい、気持ちいい」
ふにふに、ふにふに。
「直ちゃんっ…!」
余計な布がないというのは触りやすいなぁと、むき出しの胸を背後から触りたい放題の直哉は、耳に首に舌を這わせ ながら、休むことなくセクハラし放題。
「あ、固くなってきた」
尖ってきた先端も摘むように楽しんで、
「んっ、ああぁっ」
嬌声に一層煽られて、こうなるとスケベ心は隠すこともなく全開なのだ。
「ダメ、こんなトコで…やん…直ちゃんてばぁ…」
「でも、濡れてる」
未散がとろんと意識を霞ませた隙をついて下肢に指を潜らせた直哉は、後に続くであろう抗議をキスで封じてゆるゆると 潤んだ内を探ってゆく。
お湯とは明らかに違いまとわりつく濃度に、自分こそ痛いほど張りつめた事は内緒で、未散を高みに押し上げる。
容赦ない性急さで、それは、後に続く己のためでもあって。
「はぁはぁ…んっ」
荒い呼吸ですっかり体の力を抜いてしまった彼女を軽々と抱き上げて、直哉はお湯をザバザバ蹴る。
「ゴム、部屋だから。もう、出よう」
「ん…」
聞いているかどうかわかんないけど、ちゃんと言ったんだから許しを得たって事でいいよね。
…とは、身勝手男の弁である。
もちろん未散は、早朝の海岸散歩は予定通りできなかったし、朝に入った露天風呂は気分爽快ってより、疲労回復の 意味合いの方が強かったとか、なんとか。


そして、帰宅後。
突然現れた未散に訳のわからない宣言をされ、今後直哉に監視されるという理不尽極まりない扱いを受けた達哉は。
「おまえ〜!なに言ったわけ?未散に何言っちゃったわけ?!」
当然元凶は昼行灯の弟だと結論づけた兄は、抗議の中に切なる願いをたっぷり込めていた。
どうかフォローが効く程度の虚言でありますように、と。直哉が関わっている限り、それは限りなくゼロに近い希望で あるが、もしやということもあるではないか。
「えっとね、兄さんが紗英ちゃん連れて、個室に露天風呂ついてる旅館に行きたがってる、って言った」
ぼんやり記憶を抽出ながら語る弟に、達哉はホッと胸をなで下ろした。
今回はどうやら、低確率のラッキーに当たったらしい。直哉に利用された時点でアンラッキーだということは重々承知だが 、やっかいな弟が引き起こす被害の程度はビッグパンクラスから川に落ちたレベルまで幅広いのだ。このくらいなら、 なんとかなる。
「あ、今回の旅行は、そのために兄さんが命じた下見旅行だ、とも言った」
「おいっ!!」
一瞬で未散の怒りの原因がわかってしまった。
紗英はまだ中学生なのに、付き合っている男がそんな不純な考えを持っているとしたら、身内として怒るのは当たり前 であろう。
因みに達哉本人は紗英を大切に思っているから、直哉が言うような暴挙に出ることはない。そりゃあ、男であるから、 ごく希に居たたまれない衝動に駆られることもあるが、必死に理性で押さえているのだ。謂われのない批判を受けるなど、 どうしたって納得できなかった。
「直哉!おまえなんて事を言うんだ。ちゃんと未散の誤解を解いておけよ!」
とぼけているくせに悪事にばっかり頭が回る弟を、叱りとばしてみるが。
「兄さん、がんば」
帰ってきたのは無表情とやる気のないガッツポーズ。つまり、全く効果はなかったのである。


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