4.理事長の愛玩犬(ペット)

広い机の上で抱かれることより、ここが校内であることより、私を萎縮させるのは彼の冷たい目と赤い首輪。
それは誰かの所有の証。人ではなく彼を満足させる為のペットである印。
「もっと、鳴け」
「あ、あ、あぁ…っ!」
急に激しくなった動きに、不自然に折り曲げられた体と首輪と机を繋ぐ短い鎖が悲鳴を上げる。
それは傍目にとても背徳的で淫靡な光景なんじゃないかと、快楽に揺れる頭でぼんやり思った。
学園の最上階、理事長室で繰り広げられる痴態は時を選ばない。
主である冷たく美しい男が望めば、例え授業中でも私は応じるしかないのだ。制服を乱し、足を広げて迎え入れるしか。
魅入られてしまったから。
どんな無理でも聞き入れたいと願うほど、私は貴方が好き。
「誘って見せろ、いつものように…」
逃げ出したくなるほど恥ずかしい命令だって、受け入れることこそ快感。
かろうじて制服がまとわりつく胸を自ら激しく揉んで、殊更足を広げるとはしたないお願いを口にした。
「いっぱい、下さいっ!(ふみ)が苦しくなるくらい、いっぱい!」
「…いい子だ」
一緒に上り詰めていく時にだけもたらされるキスだけが、唯一甘い。


平和だった毎日が色を変えたのは、なんでもない夜だった。
その日カレシを下級生に取られ、さして好きでもない男でも人に奪われるのは悔しいモノだとやけ酒を煽った後。
目覚めたのは、ホテルの一室だった。それもラブホなんかじゃない、明らかな高級ホテル。
けれど脱ぎ散らかされた服と裸の自分と、背を向ける見知らぬ男が昨夜あったことを生々しく物語る。
「え…え…?」
状況はわからないけど、わかった。
曖昧な記憶の中にも、したたかに酔って誰かに絡みつく自分が見えたから。
『ねえ、やろ?』
歩くこともままならず座り込んだ無様な私に親切に声を掛けてくれた人。
夜目にも鮮やかな美貌に惹かれ、放すまいと不釣り合いな色目を使って彼のスーツに縋り付いた。
『…いいだろう。今後私が飽きるまで犬でいられるなら、抱いてやる』
面白そうにすがめられた目には一片の優しさもなかったのに、何故頷いたんだろう。
ふらふらと夢遊病者のようにくっついて、気づけば朝。
私の首には大型犬がするような、太い首輪が巻かれていた。


「もうすぐ、卒業だな」
身支度を調えていると、いつもは黙ったままの飼い主がポツリ口を開く。
その意味を理解して、体を繋げるようになってもう半年も経つのかとしみじみ思った。
不毛だと知りながら、愛や恋の甘さは決して与えられないと知りながら、この関係をやめられない。
どころか、時折髪を撫でる優しい指や、ふと人間らしさを写して揺らぐ瞳を見つけるたび、まだ飽きられたくない捨てられたくないと怯えさえするのだ。
愚かにも貴方を好きになってしまった私は。
「そうしたら…ペットはお役ご免ですか?」
だから声は、どこかしら卑屈で恐れに震えていたかも知れない。
学園という小さな囲いから出たら、脆い絆など砂塵と化す気がして。
「お前は、やめたいのか?」
感情を宿さない声が問うのに、激しく首を振った。
細い鎖をシャランと鳴らして、いやだといつまでも首を振る。
「ちゃんと言え。さもなくば、捨てるぞ」
「いや!捨てないで、お願いまだ私を飼っていて」
みっともないなんて気にすることもせず、目の前の腕に飛びつくとずっとため込んだ不安を吐き出し。
温もりに、目を閉じる。
「なかなか可愛らしい哀願だったな。そう、お前が頼るのは私だけ」
つっと、頬を滑った指先で鎖ごと赤い首輪を引っ張ると、深くキスで私を侵す。
息もつけないほど激しく、体に教えるように執拗に、熱いキスを。
「この先もずっと、永遠に」
指輪代わりだな、これは。
その低い呟きが知らなかった幸せを連れてきた。

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