いつの日か。
 
              災難はいつだって、忘れた頃にやってくるから困るのよ。
 
              『今週帰ってきてね、日曜日にお見合いだから』
 
              否も応もありやしない。
 
              今仕事中なんだけど、とか、週末の予定はわからない、とか、人の都合なんてお構いな
 
              し。言いたいことだけ言って切るんだから、あの人は。
 
              我が母ながらたまらなく強引で、果てしなくてに負えない。
 
              例えばほら、家に住み着いた見かけの良い野良猫みたいに…てどうしましょ!ライにな
 
              んて説明を?彼が納得するまで説得できる自信が、私にある?
 
              『まさか、梨々子さん行くの?』
 
              この会話が電波を通していてよかったと、心底思ってるとこ。
 
              奇妙に柔らかな声も間違いなく浮かべているであろう冷笑も、目の前にしてたら卒倒し
 
              てるわ。
 
              帰り着く前に電話してよかった。いざとなったら今晩はホテルに泊まってもいい、とにか
 
              く彼から逃げなくちゃ。
 
              「だって行かなかったら向こうがこっちに来るわよ。ライの痕跡だらけのあの部屋に踏
 
               み込まれたら、言い逃れしようがないでしょ?」
 
              だから呼び出しに応じるのだと、夕闇迫る公園のブランコを揺らしながら諭す。
 
              そんなに怒らないで?どうか理解して?
 
              『言い逃れ?なんの?』
 
              …全然わかってないわね。ううん、わかる気なんかないわね。
 
              「半同棲してるその…恋人がいるなんてばれたら、大変なの。ライだって抵抗する間も
 
               なく、婚姻届に判を押すハメになるのはいやでしょ」
 
              『僕は、かまわない』
 
              事も無げに答えるライに、思わず携帯を握りつぶすかと思ったじゃない。
 
              人が、人があなたのためを思って必死でない頭を使ってるっていうのに…これだから
 
              若気の至りっていうのは、いやなのよ。
 
              三十路近い女と交際宣言するっていうのがどういうことなのか、教えて上げなくちゃ。
 
              現実ってそう甘くはないって、噛みしめて。
 
              「うるさいくらい家族構成聞かれたり、将来展望を発表させられて、挙げ句式場はどこ
 
               がいい、大安吉日はいつだ、子供は何人欲しいんだとくるのよ?まだ遊びたいだろ
 
               うあなたに、これが耐えられる?…恐い、なんて恐いのかしら…」
 
              ふるっと震えて肩を抱くと、迫る夜のせいだけじゃない、恐怖に身を竦ませる。
 
              想像するだに悪寒の走る波状攻撃に、自らダメージを受けてしまった…。
 
              今の世の中、女だって結婚を嫌悪するし、子育てに言いしれぬ不安を抱いたりするの
 
              だ。かく言う私もその1人、恋人は欲しいけど夫も子供も望んではいない。できるならも
 
              う少し、自由を楽しみたいのが本音なの。
 
              『別にいいよ。梨々子さんとなら結婚しても上手くやれそうだから』
 
              …喜ぶべき場面で引きつり、難癖をつけてはだめ出しをしようと目論んでるんだから、
 
              結婚したいのにできない女性からは刺されるかも知れない。
 
              でもね、女はある程度まで来ると開き直りが利くの。気楽な生活を好んだり、気ままに
 
              生きる自分を大好きになる瞬間が来るのよ〜。
 
              家庭なんて、いらないかもって考えたりしてね。
 
              ライみたいに気軽にいいよなんて言えちゃう方が変よ。そんなちょっとそこまで感覚
 
              で、結婚を決めないで!
 
              「良くないわよ。第一あなたと私、まだ知り合って一月足らずよ?」
 
              どう?これは充分、お断りの理由になると思うけど。
 
              『僕は2年前から知ってる』
 
              うるさい。今、その冷静でイヤミに満ち溢れたコメントは、必要ないの!
 
              「本名だって知らないじゃない」
 
              自分が将来どんな名字になるのか、知らない女はいないわ。…ま、養子って手もあるけ
 
              ど。
 
              『だって聞かないから。いつでも教えるのに』
 
              お願い、少しは動揺したり私と同じ気持ちになってみて。どうして何言われても平気な
 
              の?
 
              「…とにかく、知らないことがいっぱいある状態で結婚なんてできないでしょ?」
 
              『お見合い相手だって、条件は一緒でしょう?』
 
              減らず口。
 
              口先三寸でお金を稼いでいる男を甘く見ていたわ。
 
              あ、その手があるじゃない!
 
              「いいえ、全然違うわよ。ライの仕事どう説明するの?まさか、ホストやってますなんて
 
               紹介できないし、出会いはどこ?なんて聞かれたら一発アウト!やっぱり、無理よ!」
 
              考えついた言い訳の中で、一番まともで一番正当。
 
              いくら娘を早く片づけたいと目論んでるお母さんでも、まさかホストと結婚しろとは言
 
              わないだろうし、付き合ってることにだって理解を示さないに決まってる。
 
              完璧、これでライを言い含められるわ。
 
              「だから、今週末は大人しく帰省するわね。大丈夫、お見合いはちゃんと断ってくるか
 
               ら、そんな神経質にならないで…」
 
              『「つまり、梨々子さんは僕と結婚するのがイヤなんだね?」』
 
              解決が見えて意気揚々とまとめに入るとこだったのに、受話器の声と鼓膜が捕らえた
 
              生の声とが不気味なユニゾンで私を直撃するのだ。
 
              位置的に背後ね?背中を取られたのね?
 
              「そんなつもりじゃないんだけど…」
 
              「ううん、そんなつもりでしょ?僕と結婚したくない、しつこいくらいそう言ってる」
 
              振り返り、携帯をパタンと閉じながら言い訳を探すけれど、見つからないわ。
 
              ホントのことだもの。一緒にいたいけど、結婚はイヤ。正直に言ったら、嫌われる?
 
              薄明かりを放つ街灯から離れているのを幸いに、表情の見えないライに気持ちを伝え
 
              よう。嘘をつかず、本当のことを。
 
              「あなたが好きよ、本気で好き。でも、結婚はできない、一年、半年でいいから待って。
 
               私の覚悟ができるまで、ほんの少しでいいから、待って」
 
              闇に浮かんだ唇が、少しだけ上がった気がして瞬くと、フワリと大きな腕に閉じこめら
 
              れて、耳に優しいライの声。
 
              「僕に隠し事をしちゃ、ダメでしょ?すぐばれるんだから」
 
              笑う、なんの含みもない微笑みで、彼は。
 
              「なんでも、あなたの望む通りにするよ。一生恋人のままだって構わない、いつ結婚し
 
               たっていい。だからお願い、僕以外の男に会うなんて、言わないで」
 
              私は…ライのこんなところに惹かれていたんだと不意に思い出した。
 
              大胆な彼、不埒な彼、そしてたまらなく素直で我が侭な彼。
 
              お願いされて首を振れるほど、愛がないなんて思っていないでしょ?
 
              「…会わないわ…ごめんね、不安にさせて」
 
              さらりと柔らかな髪を梳くと、ひざまずいたライが額をつけて見つめるの。
 
              「絶対、約束」
 
              「ん、約束」
 
              唇に捺印して、大きな体を抱きしめた。
 
              「いつか…いつか一緒に、猫を見に行きましょうね?」
 
              きっと、そう遠くない日に…。
 
 
 
BACK
 
 
 
             読了、お疲れ様でした。
                最後だけは、胸焼けするほどラブラブバカップル、いかがでしたでしょうか?
                ライも多少は善人であることを示さないと(笑)。
              
 
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